主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

哲学カフェに参加しました ~あまがさき哲学カフェ 園田哲学bar (2/1)

 「哲学カフェ」というものに興味があって、「園田哲学bar」に参加してきました。1月に引き続き、2度目の参加となります。

 

以心伝心心~あまがさき哲学カフェ~

 

日時:2月1日(金) 19:00~21:00

場所:園田地区会館

参加者:13名 (多分。うち進行役1名)

「予約不要」ですので、仕事終わりに寄れます。

 

市民ホールの1部屋(20人ぐらいは集まれる)で、茶色の長机が、四角に並べられていて、パイプ椅子を並べて適当に座ります。

 

持ち寄りbar(アルコール可)ということで、

缶ビール、缶チューハイなどを持ってこられている方もチラホラ。

 

今回は若い方も多く見え、20代の方も何名かいらっしゃってました。

年齢層が多彩でしたし、女性も4名いらっしゃいました。

 

「彩ふ読書会」の仲間も2名駆けつけてくださり、楽しい集いとなりました!

 

では、レポートです。

 

まず、進行役が決めごとについて説明します。

 

①ここは、自分の意見を通す場ではありません。

 →むしろ、「わかってもらうのは難しい」ことを体験できることを楽しみましょう。

 →結論は出しません。時間になったら終わりです。モヤモヤとしたものを持って帰れることが哲学カフェの醍醐味です。

 

②他人の意見をしっかり聞きましょう。

 →他の人が発言しているときは、黙って聞き、発言したいときは挙手をしましょう。

 →他人の人格を否定するような発言は控えましょう。

 

③他人に伝わるように努力しましょう。

 →抽象的な物言いでなく、「自分の経験」について話しましょう。

 

本日のお題は「ひいき」。

これはあらかじめ決められていて、ここでは会の最後に次回のテーマを決めています。

 

口火を切ったのは、

「教師のえこひいき」のような、マイナスイメージの「ひいき」と、「ごひいきに」のような、プラスイメージのひいきがある、という意見。

 

→うんうん、そうですね。

 

そこからの発展は、

・「ひいき」は、必ず「見返り」を期待しているのか?

・ いけない「ひいき」と、悪くない「ひいき」は、どう違うのか?

 

と進み、

 

・公正な選択をすべき職責・場によって、「ひいき」が許されない場合はある。

 

・しかしビジネスの現場では、「ひいき」にしてもらうことは、むしろ当然であり成果をあげるための目的である。

 

 →うんうん、「ひいき」がほぐれてきました。

 

一方で、

 

・「ひいきする側」=パトロン(スポンサー)とすると、「ひいきされる側」はパトロンの意向に縛られ、不自由となってしまう。

 

 →という、面白い切り口が出てきました。

 

 →実はここで、ひいき「善し悪し」の議論となったのですが、こういった問題は、結局本人の捉え方の問題で、「善し悪し」で語られるものではない、という意見も出まして、哲学カフェらしいなあ、と感じました。

 

他に、

 

・「ファン・サポーター」は、意図的に選択を狭め「ひいき」を作ることにより、その対象と一体となって、何かを創っていける喜びを得られる。

 

 →なるほど~。面白い意見です。

 

・「判官びいき」というように、弱い者を応援してしまう事って、よくある。それは強い者への嫉妬心から?

 

などなど、若い方から、年配の方まで、様々な意見を聞くことができました。

 

今日を終わっての印象として、

重要なワードを進行役が拾ってくれていたのに、話題が飛び飛びでフワフワして、明かりが見えにくい展開だったかな、と思います。

 

冒頭述べられたのように「モヤモヤを持って帰ることも醍醐味」なので、この経験を貴重なもの捉え、次への期待につなげたいと思います!

 

今日も私は、5~6回発言しましたよ。

 

最後に、前回の繰り返しになりますが、哲学カフェについての印象

・自己紹介はしない、名前すらも名乗らない。集まって純粋に語り合う場。

・哲学の知識は本当に不要。

・話が難しくなる時もあるが、進行役がうまく解きほぐしてくれる。

・よく発言される方、ほとんど聞いているだけの方、参加の形もさまざま。

・自分の発言をみんなに聞いてもらうことは気持ちがいい。

 

以上です!