「哲学カフェ」というものに興味があって、「園田哲学bar」に参加してきました。1月・2月に引き続き、3度目の参加となります。
日時:3月1日(金) 19:00~21:00
場所:園田地区会館
参加者:13名 (多分それぐらい。うち進行役1名)
「予約不要」ですので、仕事終わりに寄れます。
市民ホールの1部屋(20人ぐらいは集まれる)で、茶色の長机が、四角に並べられていて、パイプ椅子を並べて適当に座ります。
持ち寄りbar(アルコール可)ということで、
缶ビール、缶チューハイなどを持ってこられている方も多いです。
今回も年齢層が多彩で20代~60代ぐらいまで、女性も3名いらっしゃいました。
今回も「彩ふ読書会」の仲間が2名駆けつけてくださり、そのうち1名は初参戦(初参戦とは思えないぐらいしゃべってましたが)。
では、レポートです。
まず、進行役が決めごとについて説明します。
①ここは、自分の意見を通す場ではありません。
→結論は出しません。時間になったら終わりです。モヤモヤとしたものを持って帰れることが哲学カフェの醍醐味です。
②他人の意見をしっかり聞きましょう。
→他の人が発言しているときは、黙って最後まで聞き、発言したいときは挙手をしましょう。
→他人の人格を否定するような発言は控えましょう。
③他人に伝わるように努力しましょう。
→抽象的な物言いでなく、できるだけ「自分の経験」について話しましょう。
本日のお題は「友達」。
これはあらかじめ決められていて、ここでは会の最後に次回のテーマを決めています。
口火は、
「人間関係のひとつで。血のつながりがないもの。」
といった言葉の定義から入りました。
そこから、
「知り合い」と「友達」はどう違うの?
といった「関係の種類」にフォーカスしていきます。
「友達」は「知り合い」の中の一部で特別なものなのか?
はたまた、「知り合い」とは別カテゴリーなのか?
場の印象としては、前者が有力だったかなと思います。
そして、現代では「友達」という言葉は、かなり広範囲に使われているという事に気づくのです。
同じ「友達」の中でも、
「本当の友達」「かけがえのない友情」という「大切な友達」から、
「飲み友達」「遊び友達」「サークル友達」といったものや、
「SNS上での友達」といった希薄なものまで、
すべて「友達」いう表現を使っているのも事実です。
「学生の頃からの友達はいても、社会人になってから出来た友達はいないのでは」という意見があり、
私も「友達」というニュアンスとしてはそれと近いものを持っていました。
じゃあそのニュアンスはどんなかというと、
「気を遣わなくていい」「沈黙が気にならない」関係というのが近いかなと考えていました。
「男の友情」というのを例に挙げ、お互い深い事情まで共有し合う、そんな関係が「友達」というもの(私はそれは好きではなかったが)、という意見が出ました。
また、女性の参加者からは、友達だった(と思っていた)人が、入ってきてほしくない部分まで踏み込んできたので、「友達」とは思えなくなり離れてしまった。
という意見もありました。
これは、「友達」の捉え方が人によって相違するもの、ということです。
こういう他者の価値観との照合によって、自分の価値基準が、どのくらいの位置にいるのか、理解できます。
また、
「友達は果たして必要なのか?」
という意見が出てきました。
続くやり取りに、私はしばらく発言できず聞いていたのですが、どうも腑に落ちないものを感じていました。
帰宅後に、自分なりに答えが出たのですが、ヒントは別の参加者の発言にありました。
それは、
「『友達は必要なのか?』という問いを考えること自体必要なのか?」という二重の問いでした。
私の違和感は、まさに「『友達は必要か否か?』という二項対立の問いだったこと」にあったのです。
広い意味での「友達」は、一人もいなくなることは生きていくうえで考えられないし、
しかしながら「暑苦しい友情」というのは、いつも必要というわけではない。
前提条件が定まっていない中で、その選択肢に答えることは出来なかったということです。
じっくり聞いてみるのも、哲学カフェの面白さです。
その他、主な問い。
・「友達」は、「結婚」や「仕事関係」などの別の人間関係と兼任しない?
・「友達」は、相手の承認が必要か?
・「友達」は利害関係を期待するものか?
・「友達」は小さい子ども、学校、大人でニュアンスが異なる。
今回は、話題の身近さから、面白い問いが次々と出てきて、それに皆で協力して答えを探していく、そんな回になりました。
今日の私は、4~5回発言ぐらい。
また、終了後、希望者でお好み焼きに行き、少しの延長戦と、
哲学カフェ自体、またその他趣味の情報交換ができ、とても有意義な時間となりました!
最後に、今日の感想を2点。
・語り合うことにより、自分の持っている価値基準を他人のそれとを比較することにより、それは異なるものであるという事実、また、自分の立ち入りはどの辺なのかを知ることが出来る。
・時々混乱する、しかし開き直って、じっくり聴いてみるのも面白い。
以上です!