<哲学カフェを開催しました!~後編>
こんばんは。ちくわです。
読書・読書会・哲学カフェが好きです。
新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。
哲学カフェレポート、いよいよ最終です。
◆前半のまとめ
→「自己との対峙」「探検」と始まり、「逃避」から「別世界」「没頭」「救い」「勇気」。
「読書」を問い直したとき、色んなキーワードが出てきました。
◆何故「本を読んでいるって、偉いですね」と言われるのか
後半に入り、こんな発言がありました。
でも、それって、私にとっては、「本を読む」という行為は、「音楽を聴く」のと同じで、「ただ好きだから」読んでいるのであって、偉くなろうとしているわけでもなく、まして偉そうにしたいわけでももちろんないと。
今、これを書いていて、改めてこれは面白い問いだと思いました。
何故本を読むことは「偉い」と思われるのか。
マンガやドラマでは「偉いですね」と言われないのか。
そもそも「読書」というのは「本を読む」行為ですが、「読む本の種類」については限定してないですよね。
どうしてどんな本を読んでいるかもわからないで、「偉い」といえるの?
イメージ? 二宮金次郎の? 読書家は頭いい人が実際多いの?
官能小説しか読まない人だったら?(官能小説も立派な文学ですよ!)
すみません、ひとり哲学カフェに入ってしまいました。
◆本日の名言大賞「脳内イケメンパラダイス」
活字の読書は、自分が自由にキャラクターを想像(妄想?)して楽しむことができる。
という意見が出ました。
その方は、イケメンばかり登場して「脳内イケメンパラダイス」になることがあるといいます(笑)。
ある方は、登場人物のその後を「脳内二次創作」をしてしまう、といい、実際そのように二次創作をしてしまう方のためのサイトもあるとか。
しばし妄想トークで盛り上がるのでした!
読書と想像力は切っても切れない関係ですよね!
◆現実→別世界→現実
これは、この日最後まで私を捉えて離さなかった考え方でした。
読書によって、別世界に誘われ、読後また現実に戻ってくる。
でも、別世界から帰ってきた「自分」は、読む前の「自分」と、少し「違った自分」になっている。
という感覚。
・感動の物語で涙を流した。
・エッセイを読んで、嫌なことを忘れるほど笑顔になった。
・ビジネス書を読み「自分に何ができるだろう」と思った。
・宇宙開発の最先端を学んだ。
どんな読書をしても、読後に自分が「少し変わったような気がする」経験、だれにもあるのではないでしょうか。
こうしちゃいられない、と唐突に行動を始めてしまうとか、突然家族に「ありがとう」と言って怪しまれたりした経験ないでしょうか(私です)。
読書にいろんなジャンル有れども、みんなが納得感のある、こんなイメージまでたどり着けたことで、本日の哲学カフェは、かなり「良かったなあ」と思います!
◆そして、終わり。
2時間経ったので、「終わります!」の宣言とともに、特にまとめも無く、終了しました。
終了後も、買ってきたランチをソファで食べながら、まったり交流しました。
とっても和やかで幸福な時間を過ごすことができました。
哲学カフェを開催出来て、本当に良かったと思います。
またやりたいです。
すでに妄想始めてますよ~。
◆感想いくつか
・お借りしたレンタルルームがとても素敵。場の雰囲気は、発言にも影響するかも。
・読書会メンバーという事で、皆さん傾聴力が高いです。安心感がすごい。
・終了後の、少しの延長戦も楽しい。
・飲み物や何か食べ物を工夫してみたい。
・私は進行役というより、聞き役にまわっていたけど大丈夫だったのか?ひじきさんにほとんど頼りっぱなし。
◆板書ありがとうございました。
以下はすべての板書です。ひじきさん、ありがとうございました。
ひじきさんが書かれたブログはこちら。より詳しく書かれていますよ!
http://syodokeidiary.blog.jp/archives/16453027.html
では、また!