主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

哲学カフェに参加しました ~園田哲学Bar「あるはず」(後編)

<結果として、大いに盛り上がりました>

 

こんばんは。ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。

 

今日書くのは、「園田哲学bar」

お題:「あるはず」の続きです。

 

哲学カフェとは?・前半の内容はこちら。

 

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

 

私もビールを500ml空けまして、気持ちよくなってきたところで。後半いきます。

 

◆前半の要点

・自分では見てないけれど、高い確率で存在する状態、と考える。

・希望・願望を伴う「あるはず!」と、ネガティブな「あって普通なのに(ないの?)」という両方の意味で使う。

・周辺の無数の「あるはず」は普段意識せず当たり前として気に留めない。

・しかし、仮に「あるはず」なものが「なかったら」、それは大事になる。

  

◆立場・責任によって「ある(はず)」の使われ方は異なる

①「政治家」や「予想屋」は「~はず」をつけずに「ある!」と断定する。

②一方、科学者は断定を避けるため「はず」を積極的につける

のではないか?という意見が出ました。

 

これはひじょうにおもしろい切り口でした。

 

①ビジネスでは、不確定要素に囲まれながらも、人を動かすため意図的に断定調にいうことがよくあります。政治家なんかもそうですよね。

工事現場で「安全である(はず)」と言われると、ちょっと通りたくないですよね。

 

一方、②は徹底した客観性を求められるので、100%なんてことはほぼ言えません。むしろ例外・反証を自ら探しに行くのが科学者です。「今の理論は検討すべき通過点に過ぎない」と考えているのですから。

 

こうしてみていくと、人を動かすために「はず」の使い分けができること、

「(はず)」は何だか責任逃れのニュアンスもあるのでは?などと感じました。

 

最後にある方が発言された、「『はず』は『知らんがな』ゲーム」という印象的なワードを残されていました。

 

◆というわけで、時間となりました

2時間が経過したら終了です。充実した2時間でした。

しかし、私の中では、むしろ問いが増えたような気がしました~。

 

ブラックホールから始まった今回の「あるはず」、最初はどうなるかまったくわからなかったですが、哲学カフェメンバーの凄さを思い知った回となりました!

 

◆お好み焼き

いつもは金曜ですが、今回は連休なので、終了後の第2ラウンド、お好み焼きにも参加させていただきました。また、ビールも飲みました!

主催の方に、進行役のコツなどの教えをいただいたり、貴重な時間を過ごすことができました。

 

読書会でご一緒にしている参加者も詳細なレポートを書かれているので、こちらも是非ご覧ください。

 

syodokeidiary.blog.jp


では、また!