ちくわのぴょんぴょん読書日記 ~読書・読書会・哲学カフェ

読書・読書会・哲学・哲学カフェが好きな人間のブログ

主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

哲学カフェを開催しました!「許すって、どういうこと?」前編 ~彩ふ読書会サークル活動

<「許せない」ことは、悪いこと?>

 

こんばんは。ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。

 

私ちくわがサポーターとして活動させていただいている、「彩ふ読書会」のメンバーを集めて、「哲学カフェ」を開催しました。

 

※この哲学カフェに関しては、「彩ふ読書会」に参加され、「LINEコミュニティ」に参加されている方が原則対象で、現時点では一般募集は行っておりません。

 

7月の開催に続いて、今回が3度目の開催です。

参加いただいた方、ありがとうございました。

 

◆今回お借りした場所

場所は大阪梅田からやや東に歩いたところにある、「NANAスペース」さん。

 

www.spacemarket.com

 

この場所は、「SpaceMarket」というレンタルスペースアプリで借りました。

今回は時間貸しで、お借りしました。

www.spacemarket.com

 

ざっくりとした場所は、東通り商店街の東の果ての付近です。 

オフィスビルの地下1階を改装して、レンタルスペースとして運用されているようです。

 

中はこんな感じです。

 

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分電盤や鉄扉がオフィス感を残していますが、家具類は割と小綺麗な感じで、まとめられています。

奥の棚には、鍋やタコ焼き機などの調理器具や、人生ゲームなどのゲームなども完備されています。パーティーにピッタリですね。

ご覧の通り、椅子が8脚しかないので、キャパは8人です。

 

テレビもあります。ホワイトボードもあります。

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◆哲学カフェとは?

・誰もが『対等な立場』で、テーマについて自由に話し合う場

・テーマは身近なこと。(例「お金」「愛」「子供」「嫉妬」)

・哲学の知識は不要(全くもって不要です)

・あるのは進行役と少しのルールだけ

興味のある方は、過去の記事をご覧いただき、雰囲気を感じていただけたらと思います。

 

◆今回は「哲学bar」です。 

「彩ふ読書会」サークル活動としての哲学カフェは回を重ねること3回目。

 

常に何か新しく実験的なことをしてみたい私なもので、開催場所も毎回新規物件を発掘してやってきました。

 

そして今回は、初めての夜開催です。

理由は、ちょっとお酒を飲みながらやってみたい、という理由も大きいですが(個人的)、過去土曜が仕事で参加できなかった方にも参加していただきたいという理由もあります。

 

参加者の方にウェルカムボードを書いていただきました。いいですね!

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時間は19:10~21:10の2時間、途中休憩含む。

今回の参加者は合計7名。男性4名、女性3名。

 

今回も私ちくわが進行役を務めさせていただきました。

まず、私が「哲学カフェ」について、軽く説明します。

 

以前「カフェフィロ」さんに「彩ふ読書会」が協力開催させていただいた時、学ばせていただいた導入部分をパクらせていただいております。(すみません、ありがとうございます。)

 

そのへんの内容は4月のアメリカ村開催時に載せていますので、今回も割愛します。

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

それでは哲学カフェの内容について、レポートさせていただきます。

 

※なお、プライベートな部分も多く語っていただいておりますので、詳細な記述は避けております。

 

あと私、ホワイトボードに板書をしていたので、あまり細かなやり取りは思い出せません(笑)

 

◆「許す」は「正しいこと」?

口火を切っていただいたこちらの発言ですが、いきなりの深いテーマです。

 

「許す」は、何もない状態から突然生じる行動ではありません。

おもに他人との間に何か「許せない」感情が生じた後、「許す」へと変化するものです。

 

「許す」はコミュニケーションの一種といえますが、一般的には、関係が良くなるニュアンスが多いと思います。

 

でも、それでは「許さない」状態でいることは、悪いことなのか?

どうしても許せない人・コトがあっても、不自然ではないのではない?

 

私達はこの課題から続く話題について、前半戦の大部分を費やしたかもしれません。

 

◆「根に持つ」ということ

ここから「許さない」状態について意見を交わしていくのですが、

 

ある方は、

「ある人を許せていない」状態が長く続いている。と言い、

逆に、

「根に持つ」ことがほとんどない。という方もいらっしゃり、

この辺についてもしばらく盛り上がりを見せました。

 

そこは性格の違いによるものなのか、あるいは問題を起こす特定の相手の存在によるものなのか、要因はひとつではありませんし、許せないことは良いとも悪いともいえるものではありません。

 

◆「許せない」と思う感情について

程度の違いはあるとしても、他人に対して「腹が立つ」という感情はどの人にも起こります。

 

その感情について、共通認識を探っていたところ、

「自分の自由を侵害されたとき」という意見がでてきました。

 

これは答えのひとつであると思います。

他人の言動によって、自分がしようとしていたことの邪魔をされたとき腹が立ちます。

 

しかしながら、直接自分に関係の無い事でも腹が立つことがあります。

 

例えば、犯罪のニュースなどです。ネット上での過剰なバッシングが問題になったりしますが、あれはなぜ起こるのでしょう?

 

なぜ「許せなくなる」のかは、後半戦に入ってから、少しずつほぐれてきたように思います。

 

また、「許せない」が「許す」に変わるプロセスについても、後半戦に持ち越しとなりました。

 

20時20分となり、一旦小休止をはさみます。

 

◆後半へ続く

この日は、私は聞きながら考えている時間が多かったような気がします。

板書をしながら、目をつぶって。

 

続きは、日を改めて書きますね。

 

では、また!