ちくわのぴょんぴょん読書日記 ~読書・読書会・哲学カフェ

読書・読書会・哲学・哲学カフェが好きな人間のブログ

主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

「ジンメル・つながりの哲学」 菅野仁 ②

<自信がないままでいいから、少しずつ>

 

こんばんは。ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。

 

今日は、この本の感想の続きを書きます。

 

ジンメル・つながりの哲学 (NHKブックス)

 

前半の感想はこちら。

 

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

 

◆前半部分のまとめ

・「社会」というものは、何か得体の知れない物体ではなく、個人と個人の関係の積み重ねで出来ている。

 

・人間は、社会生活の中で、場面場面で求められる役割を演じており、「本当の自分」が表出することは少ない。

 

・「他人」をとらえるということは、日々の言動をもとに、自分なりのカテゴリーにあてはめていくしかない。

 

・ゆえに「他人」は、完全に理解できることなど不可能であり、100%わかりあえることも不可能である。

 

・「わかりあえない」ことに不満を持つのではなく、「わかりあえない」を出発点に対人関係を構築することが重要となる。

 

といったところでしょうか。

 

◆相手を「信頼する」ということ

今日は、この言葉から入りたいと思います。

「信頼」とは、「既知と未知の中間状態」であり、不確かさを前提とした人間関係の距離の取り方である。

著者はこのように述べています。

 

ちょっと難しいですが、3つの例を示したいと思います。

①仕事をお願いしたが、やり方は全部紙に書いてあって、その通りやることになっている。

②一応お願いしたけど、ちゃんとやってくれるか怪しいので、ずっと見ていることにした。

③細かい部分はさておき、今まで通りある程度の結果を出してくれると思っているので、任せている。

 

①は、「指示」。・・・どうなるかはっきりわかっている。(既知)

②は、「疑っている」。・・・どうなるか、わからない。(未知)

③が、「信頼している」。・・・多分うまくやるだろう。(中間状態)

 

「信頼」とは??こんな感じの言葉で表されるのではないでしょうか。

その人の細かいパーソナリティまでは知らないけれど、今までの付き合いの中で自分が知っている「その人像」を尊重したとき、だいたい上手くやってくれると思うから、任せてみようと思うこと。

 

◆対人関係における「距離感」

「あの人との距離感がうまくつかめない」「彼との距離を一気に縮めた」などというふうに、「距離感」という言葉は日常的に使います。

 

著者は、この「距離感」という言葉を、対人関係を良好に保つキーワードであるかのように多用しています。

 

例えば、先ほどの「信頼」。指示だけして放置しない、じっと見てもいない。

自分と相手との間に適度な「距離」を保っています。そしてその「距離」こそがポジティブな意味を持っているのです。

 

◆相手に 「配慮」するということ

これも距離感である筆者はといいます。

 

「配慮」とは、「相手を思いやる、気を遣った行動をする」という意味ですよね。

 

例えば、「相手の聞いてほしくないことに話題が及ぶのを避ける」というのがそれにあたると思います。

 

自分が属するコミュニティによっては、自分についてわざと明かさない方が人間関係が円滑に運ぶことだってあります。

 

ダンスやテニスサークルなんかで、地位素性を知ってしまうと、変に気を遣ってしまい、むしろ知らない(知られない)ほうがのびのびと楽しめるでしょう。

 

逆に、そんなサークルにおいて、人数の都合で試合に出られなかった人を次に優先的に出てもらう、ってのも「配慮」に当たるかと思います。

 

立ち入り過ぎない、かといって離れすぎにならないようにも注意する。そんな意味が込められています。

 

◆現代における距離感覚の難しさ

上記だけでなく、「協調」「競争」などなど様々な対人関係とそれがもつ距離感がありますが、現代において、ますます複雑になっていると著者は述べています。

 

高度に情報化した社会、多彩なコミュニティが乱立する社会において、より繊細な感覚が求められている。

SNS上のみで付き合うコミュニティ、学校とSNSといった二重のコミュニティ、 

ある時期一緒だったけど離れ離れになった後、まだ繋がっているコミュニティ。

 

子どもたちはその中で、上手く順応し、なんとかやっていっているのでしょうが、距離感をうまくとれずに思い悩んでいる子も多いのではないかと思います。

 

しかし、アドバイスを与えるはずの大人も、急速に進歩した外部環境に順応できずにいるのです。

 

「後輩は先輩より先に帰ってはいけない」とか、「後輩は先輩よりカッコイイラケットを買ってはいけない」とかいう過去の価値観は全く通用しません。

 

はい、どんどんそういった規範意識や上下関係が薄まってきています、そんな中で特に若い方との接し方がよくわからない、と思う自分なのであります。

 

◆これからのコミュニケーションの姿

誰も教えてくれない、不安な世の中、(なんか歌詞にでてきそう)どういったコミュニケーションが、有効なのでしょうか。

筆者は以下のように述べます。

他者との関係で傷つかない「強い自分であるべき」という発想を捨てること。「自分の弱さ」を前提にして、少しずつ他者との関係を作り上げていくこと。そうした結果として、世の中に対しての「耐性」ができていく。

 

言い換えるとこういうことでしょうか。

自信がない、大いに結構。

でも自信がないからといって、コミュニケーションを拒絶するのではなく、自信がないままで、恐れずに敢えてソロソロと近づいていき、ありきたりな話題から始め、相手を少しずつ理解していく。

しかし近づきすぎることにも注意し、適度な距離感を体感していく。

それの繰り返し。

 

とても多くの気付きを与えてくれました。

感想は以上で終了したいと思います。

 

では、また!