主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

オンライン哲学カフェ第3回「いい嘘/悪い嘘」②

<事実はひとつでも、、>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。

 

私が参加している「彩ふ読書会」において、参加メンバーで作るグループ活動として開催しています、「オンライン哲学カフェ」。

2度のテスト開催を経て今回が3回目となる「オンライン哲学カフェ」。

 

昨日に引き続き、今日も「いい嘘/悪い嘘」模様を書いていきたいと思います。

 

昨日の記事はこちら。 

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

昨日は、良い嘘がどういう場面でみられるのか、から、バレるかバレないかの違い、バレても他人に迷惑をかけないのが良い嘘なのか、そんな論点について語られた部分を書いていきました。

 

◆「いい」「悪い」は何にとって「いい」「悪い」のか

「自分が悪かったんです」と、嘘の証言をして他人の罪を被るという例がときどきあります。

「嘘をついて自分の罪を他人になすりつける」の逆バージョンですね。

 

この場合、罪を被った人と逃れた人の間には美しい友情関係があったり、何かの貸し借りがあったり、するかもしれません。

 

この2人の間ではこれは「いい嘘」になるかもしれませんが、真実を偽っている、本来裁かれなければいけない人が逃れるという意味では道義的に「悪い嘘」というふうになるかもしれません。

 

怪しい宗教団体に入会し、根拠のない教えに則って高額のお布施をしてよくわからない集団生活をしている。それは金もうけのために人を騙す「悪い嘘」です。

 

しかし騙されているはずの、ある信者にとってみると、人生やめたいぐらいの辛い心理状態だったところがその宗教を信じた事で、再び生きる希望となっているかもしれないのです。それは騙されている本人とっては「いい嘘」なのかもしれません。

 

このように、当事者にとって「良い嘘」であっても、別の人から見ると「悪い嘘」である場合はありますよね。

というか、むしろ誰にとっても「良い嘘」というのは存在しないのかもしれません。

 

◆嘘の背景にある真実

「よい」「悪い」という前提に対して、もう一つの前提「嘘」についても話し合われました。

 

そもそも「嘘」というのは、事実と違うことを言う、ということなのですが、そう考えると「嘘」の背景には必ずそれに対する「真実」が存在するわけです。

 

本来の学歴を偽って、自分の発言に信頼感を持たせようとするだとか、事実とは異なる嘘の証言をして自分に罪の追及が及ばないようにするだとかいうことです。

 

嘘を言うことによって、「事実」を変化させ、後に起こる事態を変化させたい「目的」があるということになりますね。

 

◆嘘かどうかわからない?

「解決に向けて善処します」といった、どう転ぶかわからない未来に対する発言というのは、発言した段階では嘘ではないし、結果として解決せず嘘になったとしても、善処したことは嘘ではないような、判定が難しいケースもあります。

 

そんな「一部は嘘であっても全部嘘というわけではない」という場合がほとんどではないか、という意見もあり、確かにね、と思ったりもします。

 

◆終わりです。

 

活発な議論が続いていましたが、予定の2時間となりましたので、進行役が終了を宣言しました。

 

哲学カフェは話が広がっていくので、ひとつの結論を出したり総括めいたものはあまりしません。時間が来たら終わります。

続きを考えたい人は、こうやって私のように続きを考えながら書いてみたりします。

 

嘘については、日常的な実例がでてきやすく、この場合はどうなんだろう、というような検討もしやすくそこから発見できることも多かったです。 

 

実際にはもっともっとたくさんの話題が出たのですが、書ききれないのでこのぐらいで終了したいと思います。

 

オンライン哲学カフェで、10名は多いかとは思いましたが、この日の感じでは、あまり偏りなく全員が発言できていたし、トピックも良く変化し、良かったのではないかと思いました。

 

参加された皆様、ならびにこれを読んでいただいた方々、どうもありがとうございました。

 

では、また!

 

f:id:chikuwamonaka:20200504073212j:plain