ちくわのぴょんぴょん読書日記 ~読書・読書会・哲学カフェ

読書・読書会・哲学・哲学カフェが好きな人間のブログ

主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

「急に具合が悪くなる」宮野真生子・磯野真穂 ①

<死は確かにやってくる、しかし今ではない>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。

 

今日は、この本。

[宮野真生子, 磯野真穂]の急に具合が悪くなる

 

内容<amazonより>

もし、あなたが重病に罹り、残り僅かの命と言われたら、どのように死と向き合い、人生を歩みますか?もし、あなたが死に向き合う人と出会ったら、あなたはその人と何を語り、どんな関係を築きますか?がんの転移を経験しながら生き抜く哲学者と、臨床現場の調査を積み重ねた人類学者が、死と生、別れと出会い、そして出会いを新たな始まりに変えることを巡り、20年の学問キャリアと互いの人生を賭けて交わした20通の往復書簡。

 

この本は、哲学カフェの仲間とのグループLINEで、「これが面白かった」という話だったので読んでみたんです、そしたら実際面白かったんです。

紹介文にもあるように哲学者と文化人類学者の手紙のやり取りという形式をとっているのですが、哲学者の宮野氏ががん患者で死を目前にしているところ(実際最後の手紙は死の2~3週間前)が特徴的なんです。

そして、この二人の女性の間で交わされる様々な問いが、読者に新たな考えのヒントをくれるんですね。

 

◆死は確かにやってくる、しかし今ではない

文中にも引用されていますがハイデガーの有名な言葉です。

人はほとんどの時間を未来のために使っています。

明日着るものを洗濯する。

来週のプレゼンの資料を作る。

子供に勉強を教える。

 

近い未来なら同じですが、もうすぐ死ぬだろう末期患者にとってはどうでしょうか。

お医者さんの言いつけを守り、無理せず病院でおとなしく死を待つのでしょうか。

 

「無理せず」というからには、「無理すると」どうなるのでしょうか。

死期が早まる?痛みが増す?

死期が早まるといっても、遅かれ早かれもうすぐ死ぬことにに変わりないです。

だったら、どうする?

 

宮野さんは、敢えて精力的に仕事をしたのです。シンポジウムで講演し、出会った人と新しいプロジェクトを企画していくんですね。

いつ倒れるかもしれない、モルヒネを打っている状況の中で。

 

色んな考えがあると思いますが、人間として生きている以上、もうそれしかないんじゃないかと思います。

それらの活動は、確かに他人のために未来のためにやっていることだけど、同時に自分のために、いまという時間を使っているだけのような気がします。

宮野さんにとっては、自分が今できることの中で、シンプルに一番やりたい事がたまたま今の仕事だったってことではないでしょうか。

 

どのみち死ぬときは死にます。そして死んだら灰になるだけだし、その後のことは自分には関係のないことです。

ましてや、自分にとっては「死ぬ」ということはありません。なぜなら「死んだ」瞬間には自分の意識はないわけですから。「死ぬ」ということを体験するということは自分ではできないのです。

 

だとすると、やっぱり死ぬことを念頭に置いたとしても、いまどう生きるかを考えていくしかないのです。自暴自棄になったりしているうちに「急に具合が悪く」なったりしてしまうかもしれないですからね。

 

◆リスク社会とどう付き合う?

手紙の中にはよく「リスクと選択」という話題が出てきます。

抗がん剤を使えば〇%の確率でこんな副作用がある、

この治療をすれば〇%の確率で〇か月延命できる、しかしかなりの確率でしんどい、

緩和ケア治療に切り替えて余命〇か月

お医者さんは丁寧に説明したうえで、患者さんに自ら選んでもらいます。

 

当の宮野さんも、丁寧に説明を受け、よく質問し、また自分で調べて冷静に選んできたといいますが、でもすべて経験したことないことを決めるって、ほんとわかんないですよね。

そんな中決断疲れに陥っていた彼女が、ある友人のシンプルなアドバイスをきっかけに変わった瞬間が印象的でした。

それは、主治医に「先生だったらどうしたらいいと思いますか?」という質問をしたことでした。

これはどういう意味かと言うと、「お医者さんと患者という役割を置きなおした」とでもいうでしょうか、今まではお医者さんは情報を与えてくれる役割で、自分はその中で決断をする役割でした。

それを、お医者さんを「決める側」に寄せてきたということになるかと思います。

 

経験したことない事ばかりだけでなく、周囲にはよくわからない民間療法を勧める人もいます。そんな中、やっぱり自分の一番信頼を置いている主治医を「信頼」することを「決めた」んですね。

 

話は戻りますが、日常的にリスク情報が溢れている中で、実際それがどうなのか自分ではわからないことだらけです。コロナウィルス関連の情報だってそうです。

全部聞いていたら、ほんと何もできなくなります。

「何を」信頼するかというより、「誰を」信頼するかが重要になってきます。

 

現代のリスク満載社会とどう付き合うか、考えるヒントになりました。

 

◆続く、多分 

まだもうちょっと書きたい事がありますので、続きは後日にしたいと思います!

 

では、また!