ちくわのぴょんぴょん読書日記 ~読書・読書会・哲学カフェ

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主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

「まんがでわかるジョージオーウェル『1984年』」①

<原作を読んでからのほうがいいと思います>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 

今日は、この本。

まんがでわかる ジョージ・オーウェル『1984年』

 

内容<amazonより>

支配層が都合のよい形で人々に「何が当たり前か」を刷り込み、疑問に感じる力を奪いながら、感情を「型にはめていく」様を描いた小説『1984年』。コロナ禍を経て、今一度、権力と個人のあり方について考える状況にあるといえます。今回のコロナの感染源・中国のITによる超監視社会は、『1984年』の世界を彷彿とさせます。本書は5Gによる覇権争い、全体主義とは何か、AI対人間といったテーマを山形氏が解説、まんがで『1984年』のあらすじを紹介。政府と個人、公益と私益、民主主義、人間らしさ、本当の意味での自己実現などについて批判的かつ創造的に生きるあり方を考える一冊。

この本は、第二次世界大戦中にイギリスで書かれ、その後の冷戦を背景に爆発的に売れた、ジョージオーウェル著の「1984年」の要点をマンガ化し、山形浩生氏の文字による解説が加えられ、より深く理解できる内容となっています。

原作はこちら。 

一九八四年 (ハヤカワepi文庫)

一九八四年 (ハヤカワepi文庫)

 

 

実際に原作を読んでから、さらに理解を深めるためにこれを読む、というのがオススメだと思います。

よくわかっていなかった部分が解説によって補足され、この本が何故今読んでも凄くリアルに、不気味に感じられるのか、それがよくわかります。

 

物語としては、一党独裁による管理社会の下で、「党員」である主人公が管理手法に違和感を抱き、革命を夢見て仲間を探しますが、やがて捕まってしまう、、。

 

読んでいるうちに、どんどん暗い気持ちになっていきます。ふと遠藤周作の「沈黙」を思い出して、ああそういうことか、と妙に納得しました。決してハッピーエンドではないです。

沈黙(新潮文庫)

沈黙(新潮文庫)

  • 作者:遠藤周作
  • 発売日: 2013/03/01
  • メディア: Kindle版
 

 

この2つの物語に共通するのは、「何が正しいか」ということに対する問いかけ、ということになるでしょう。

自分が「正しい」と信じる信念を貫くために、体制に反抗し闘いを挑むのか。

それとも信念などというものは、それほど重要なものではなくその時代の一つの価値観に過ぎないぐらいの気持ちで、現状を受け入れ、今という時間を大切に過ごすのか。

 

◆現代と通じる「監視社会」というもの

この物語では党員が常に「テレスクリーン」という双方向テレビにて24時間プライベートも全て監視されています。

それを解説では、現代はそれをはるかにしのぐ「超監視社会」であると述べられていますが、まさにそうですね。

しかし、この物語と違うところは、現代では利便性のために喜んで個人情報を差し出している人が多い、というところ。

 

この話題で行くと、

「個人情報が出ていくこと」=「悪」という発想だけでは現代社会では生きられないということです。

個人情報が出ていくこと自体が悪なのではなく、その個人情報を使ってなりすましなどの犯罪が起こることが悪である、ということを理解することですね。

そういう考えのもとで、自分は個人情報をどこまで差し出して、どんな利便を享受して、どんなことに気を付ければいいのか、自分で決めていくしかないと思います。

ここの判断を他人に委ねてしまうと、両極端になりがちなので。

 

◆「二分間憎悪」というシステム

印象的な出来事の一つに「二分間憎悪」というのがあります。

党員の抑圧されている気持ちを、共通の敵を作ることにより発散させ、さらに党を一つにまとめる手段としてはうまいやり方です。

 

共通の敵を作るとまとまりやすい。

この辺は社会主義だけでなく、いつの時代でも使われている手法ですね。

戦争だけでなく、会社や学校などでも普通に使われています。

本当に打倒することが多くの人にとって良いことであるならば、いいですが、管理手法として不当に用いられていないか、自分で考える力を養うことも大切ですね。

 

◆反抗することが良い事なのか、そうではないのか

まだもうちょっと、書きたくなった事があるのですが、時間が来ましたので、また日を改めたいと思います。

 

では、また!