主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

哲学カフェで大切にしたいこと②

<本質の探究とは>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 

先日の記事の続きを書いていきたいと思います。

一昨日の記事はコチラ。 

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

先日の記事では、哲学カフェで大切にしたいと思っていることのひとつ、「価値観の交換」について書きました。 

 

今日は、もうひとつの、「本質の探究」について書いていきたいと思います。

「本質の探究」は、先日の記事でも紹介したこちらの本

はじめての哲学的思考 (ちくまプリマー新書)」では、

 「本質観取」と呼ばれています。

 

自分は「観取」という呼び名が難しいので勝手に「探求」というふうに呼び変えているんですけどね。

「本質の探究」を一言で言うと、

「その言葉が持つ意味を、背景を踏まえて別の言葉でいい換えてみる」

ということになるかなと思います。

 

そして、「本質の探究」の目的は、

「明日から、その言葉に向かう姿勢が変わる」

「ものごとを、縦に考える練習」

になるでしょうか。

 

順番に説明していきます。

「その言葉が持つ意味を、背景を踏まえて別の言葉でいい換えてみる」

とは、どういうことでしょうか?

これは、まさに普段哲学カフェでやっていることなんですね。

 

例えば先日の「カワイイ」の回で言うと、各人が持っている「カワイイ」の意味あいはそれぞれ微妙に異なるし、その「カワイイ」という言葉を使う場面でも異なるんですけど、

それを別の言葉で言い換えることによって、他人にもその「意味の微妙な違いを理解してもらう」ということになります。

 

その際注意することは、「背景を踏まえる」ということですね。

「背景を踏まえる」ということは、どういうことかというと、「why」を問うことになると思います。

哲学カフェでは、できるだけ自分の経験談などの具体的事例をだしてもらうのですが、

そのときどうして「カワイイ!」と思ったのか?どういう感情・欲望から「カワイイ!」と思ったのか?などと問うことによって、その背景を探ることが出来ます。

例えば、「カワイイ」を「守ってあげたくなる」と言い換えた場合の背景には、「弱い立場のものに対する慈悲のような気持ち」が働くんだろう、という話になったかと記憶しています。

 

そうやって、背景を問うていったらどうなるか、というと、あまり関係ないと思っていた別の事例の場合と繋がることがあるんですね。

 

例えばアイドルの「カワイイ」は、どういうことなんだ、という話になって、「本番で見せるパフォーマンスと普段のぼんやりしたところのギャップがカワイイ」なんて話になって、その背景として「弱みを見せている」のがあるのではないか、となると前述「慈悲のような気持ちが働く」と繋がるような気がします。(あくまでここに『正解』はありません)

 

そうやって、テーマが持つ「共通の背景」を表す別の言葉を、参加メンバーの共同作業で作っていく、そんな作業が哲学カフェの醍醐味なのではないか、と考えるのです。

これが「本質の探究」で言いたかったことです。

 

そしてその作業そのものが哲学カフェの目的であるといってもいいのではないかと考えるのです。

それが

「明日から、その言葉に向かう姿勢が変わる」

「ものごとを、縦に考える練習」

 につながるんですが、そろそろ疲れてきたので、日を改めたいと思います。

 

では、また!

 

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