主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

「52ヘルツのクジラたち」町田そのこ(ネタバレ:少なめ)

<声を聴いてあげられる大人になっているか?>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 

今日は、この本。 

52ヘルツのクジラたち

52ヘルツのクジラたち

 

  

内容<amazonより>

「わたしは、あんたの誰にも届かない52ヘルツの声を聴くよ」
自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。
孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会う時、新たな魂の物語が生まれる。

◆この本は

この本は「虐待」がテーマとなっており、読んでいて途中とても苦しくなってくるお話です、、。

 

主人公の貴瑚は、美晴やアンさんというかけがえのない友人と出会い、地獄のような家庭から助け出してくれることになるんですね。

 

そして貴瑚は色々あって(簡単に書きますがこれも壮絶!)、田舎の家でひとりぐらしを始めることになるのですが、そこで出会った傷だらけの少年。

 

その少年は、家で虐待されているんだということを貴瑚は知り、なんとか助けてあげなければ、、友達に助けられた私が、この子の声を聴いてあげられる人間にならなければ、、と物語は続いていきます。

(最後は泣いてしまいます!!)

 

「52ヘルツのクジラ」というのは、作中にも解説がありますが、クジラの中には同じクジラたちに聞き取れない52ヘルツの声しか出せないクジラがいる、ということなんですね。

 

声を発すれどもだれも受け止めてくれる人がいない。主人公の貴瑚や少年のそんな絶望的な状況を表したなんとも哀しいタイトルじゃないですか、、。

 

◆感想

虐待というのは、身体的な傷を加えられるだけでなく、精神的にも深刻な傷を負わせることになります。

 

もっとも悲惨なことは、52ヘルツのクジラのように、周りにいる誰にも(特に大人に)、この声が届かなかったということ。

 

貴瑚にとっては学校の先生に気づいてもらえなかったシーンであり、少年にとっては目をそらさずに話を聴いてあげた貴瑚のような存在がいなかったこと。

 

話しを聴いてあげられる人が、たとえひとりでもいれば、随分と変わってくるはずなのに、と思います。

 

主人公の貴瑚や少年には、「大人というものは信用できない、話してもしかたがない」という諦めのような、心を閉ざす気持ちになっているので、余計に積極的に関与していかないと、このような問題は解決しないでしょうね。

 

自分も子を持つ親として、「ピンチの時に、率直に話してもらえる大人になれているか」ということをしっかり考えていかなくちゃな、と感じ、普段からちゃんと子どもの話を聴いているか、ということを問い直すのでした。

 

なかなかハードな物語ですが、最後は「良い人」の存在が2人を変えていくことになり、涙があふれました。

 

「いい人」と「悪役」がはっきりしているので、ドラマや映画になってもおもしろいんじゃないでしょうかね! 

 

では、また!