主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

「空気」と「世間」 鴻上尚史 ②

<それをやらなくても命は取られないの精神>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 

今日は、この本の続きです。  

「空気」と「世間」 (講談社現代新書)

「空気」と「世間」 (講談社現代新書)

  • 作者:鴻上尚史
  • 発売日: 2013/02/25
  • メディア: Kindle版
 

 

昨日の記事はこちら。 

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

昨日は、

 

<この本は>

・「空気」の正体は、弱い「世間」

・「世間」とは、「個人」と「社会」の中間にある存在。

・「世間」を特徴づける5つのルール 

 

まで、書いてきました。

 

◆「空気」の正体は、弱い「世間」

最初に、結論として「空気」とは「世間」の弱まったものであるということが書いてありますが、この「世間の5ルール」が弱まった状態が現代における「空気」というものの正体であると筆者は言うのです。

 

5つのルールが揃っていて「世間」だったものが、ある要素が抜けたもの、それが「空気」の正体であるということです。

 

町内会の集まりに仕事で出席できなかったとしても、それで仲間外れにされることもありませんし、たとえ仲間外れになって町内会の情報が一切入ってこなかったとしても、そんなに困ることはありません。

 

会社で上司が年下であることはありふれているし、年上の人に意見したりそれに対して若者のくせに生意気だという言葉が返ってくることもありません。

 

現代においては、契約に無い世間のルールを守らなかったからと言って、組織から爪はじきにされるようなことはあまりありませんし、ルールを守ることで恩恵を受けると言ったことが少なくなりました。

 

むしろ、尊重はすれども強要はしてはいけない、といった雰囲気が強まっていると思います。

 

◆感想

本書のまとめとして、「社会」と「世間」とのWスタンダードに対し、「世間(空気)」に惑わされないために、特定のコミュニティへの依存度を下げる、「ほんの少し強い個人のすすめ」、「複数のコミュニティに関わる」という提言がなされています。

 

たしかに、現代では「空気」の息苦しさが残っていたとしても、それを気にしさえしなければ実害が及ぶことは少ないように思います。

では、どうして気になってしまうのか?

それは、そのコミュニティへの依存度によって変わってくるのではないかと思うのです。

 

例えば会社においては、給料をもらえなくなるという経済的なものです。少々おかしいと思っても、会社のいうことを聞いておかないとクビになる、という心理が働いたら従いますし、別にクビになっても仕事はいくらでもあると思えば、NOの声を上げやすくなります。

 

趣味のコミュニティだったら辞めればいいだけだし、、となりますが、難しいのが抜けられない(難しい)コミュニティだったとき。例えば学校のクラスとか、自分に転職をして収入を維持する能力が無いと思う時、。(深刻な時は一刻も早くしかるべき人に相談し、逃げることも重要です)

 

その場合は、別のコミュニティにおいて自尊心を保てるようにしておく、というのも手ですね。習い事などで、別の友人を作っておくとか。

 

そして、もうひとつが、「個人」と「社会」とのダイレクトな繋がりを試みる、ということです。

 

それは「ひとりを楽しむ」ということになるかと思います。

行ったことのない飲食店にひとりで訪れ一人で楽しむ。

そこで店主や知らない人との会話をしてみる。

公園でただ読書をする時間を楽しむ。

 

別に人との関係を断ち切るというのではなく、付き合いはしなくてはいけないものだという考え方から、しなくても別にいいものだという考え方に少しシフトするだけで、感じる「空気」というものは随分変わってくるのだろうと思います。

 

「○○しなくても死にはしない」という極論がありますが、まぁそんな気持ちで。

その「空気」というものをただ従うだけではなく、かといってただ抗うだけでなく、自分にとってどういう恩恵と弊害をもたらすか、一度考え直してみるというのも大切かと思います。

偉そうに言ってみた私でも、ただ従っているものが随分ありますね、、。

変える・止めるというのもエネルギーが要りますからね。

 

では、また!