ちくわのぴょんぴょん読書日記 ~読書・読書会・哲学カフェ

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「塩狩峠」 三浦綾子(ネタバレ:中)②

<自己との対話を重ね、信夫の成長を感じられます>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 

今日は、この本の続きを書いていきたいと思います。

 

 

◆内容紹介・感想続き

物語の後半部分では、信夫は働いていた裁判所を辞め、北海道に旅立つことになります。信夫が23歳になったときです。

 

当時は未開の僻地という位置づけだった北海道に渡ったのは、自分の人生の過ごし方を考え直すためのひとつの「自分探し」の意味もあったのでしょうが、そこには親友である吉川の妹、ふじ子に再会したいというのもありました。

直前に手紙でふじ子に縁談があったことを知り、居ても立っても居られなくなったのでしょうか。

と同時に、ふじ子が不幸にも結核に罹患、続いてさらに脊椎カリエスにもなり、縁談が一旦停止されてしまってしまいます。

 

信夫は、失意のふじ子をなんとか励ましながら、あわよくば治った暁には自分と一緒になってくれないかなぁ、という恋心も持ちながらでありました。

そして意を決して親友の吉川に相談したところ、驚かれると同時に、「親友として病人のふじ子を君にやるわけにはいかない、考え直せ」と言われてしまいます。

そして、同時にふじ子はキリスト信者になったことを知らされます。

 

これがきっかけになり、生まれてこのかた常に身近にありながら、懐疑的に感じていたキリスト教を学んでみようと初めて思うようになりました。恋の力は大きいものですね。

 

いっぽう仕事のほうは北海道で国鉄に勤めることになり、そこで出会った同僚の三堀という存在が、物語後半の重要人物になってきます。

この三堀という男、会社の金に手を付けて謹慎処分になってしまいますが、なんと三堀のために、もういいやと自棄になる三堀をなだめ上司のもとに一緒に謝りに行き、信夫は土下座までするんですね。

 

全然自分と関係のない出来事で、他人のために上司に土下座までする、尋常ではないともいえる行動の背景には、ふじ子に感化されて読み出した聖書と、北海道で出会ったキリスト教伝道師、伊木一馬との出会いがありました。

 

そこから、教えの何かひとつを徹底して実践してみようと考えて、信夫が選んだ教えが、有名な「隣人を愛せ」ということでした。

ひねくれものとも思える三堀に対して、色んな感情が芽生えても、徹底的に愛し、尽くしてみることで、三堀は三堀のままであっても、信夫自身は確かに変わっていきました。成長していきました。

 

信夫が旭川に転勤になってから、教会の日曜学校の教師になってしまうほどの、それは熱心な活動ぶりとなりました。

 

そこからは、ラストに向かっていくので割愛しますが、やはり筆者は最後までこの物語を通して、隣人を愛すというキリスト教の教えは、「自分の一番大切なものを他人に差し出すことができる」という教えを伝えているように思いました。

 

また、この物語の中で、聖書を読んで学び、自己との対話を重ね、さらに実践を通して、信夫の人間性が少しずつ成長していくさまを感じることが出来ます。

そしてやはり、他人のために自分の一番大切なもの、自分の命を差し出すことが出来た信夫のこと、この出来事が実際にあったのだという事実に改めて驚かされます。

※この物語は実話を基にしたフィクションであり、事故の詳細にも諸説あります

 

以上で、「塩狩峠」の感想を終えたいと思います。

 

では、また!