みんなの日常哲学カフェ&北摂読書サークル

哲学カフェ、読書会の記録を中心に書いています

旧:ちくわのぴょんぴょん読書日記

みんなの日常哲学カフェ第104回(オンライン)「ゴミ箱に捨てられないもの」①

<いろいろ、出てきました。

 

おはようございます!ちくわです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 

私が参加していたある読書会の知り合い同士で始めた「哲学カフェ」。

2020年より主にオンラインの場(ZOOM)で開催しています。

※今のところ、クローズドでの開催です

今回は、第104回開催になります。

 

前回の第103回開催の記事はこちらになります。

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

◆「哲学カフェ」とは?

哲学カフェとは、おもに身近なことがらについてテーマを1つ決め、それについてみんなで自由に意見を出し合う対話の場です。

「哲学」と書いていますが、ソクラテスやプラトン哲学がどうのといった話はほとんどしません。

私たちの哲学カフェで扱っているテーマは、「『普通』ってどういうこと?」だとか、「『自己責任』って結局何なの?」だとか、身近にありながら、答えがなかったり、人それぞれだったり、ふだんあえて時間をかけて考えたりあまりしない話題について、じっくり語り合っています。

そうすることによって、「あたりまえ」だったことに新しい側面を発見し、考え方・生き方に変化が起こることを楽しんでいければいいな、と考えています。

当哲学カフェはいわば「日常生活を哲学する」ことを目指しています。

 

◆この日のテーマ

この日の参加者は8名(「聞き専」含む)。時間は2時間です。

オンラインにおいても、実際の哲学カフェのように、進行役を決め、話したい人は挙手し、1人ずつ話すという方式をとっています。

進行役は私ちくわが行いました。

 

この日のテーマは、

「ゴミ箱に捨てられないもの」

です。

 

本、手紙、お守りなど。なんだか、ごみ箱に捨てられない。そういうものって、ありますか?あなたにとっては、どんなものですか?捨てられないのは何故でしょう?処分したい時は、どうしていますか?

では、哲学カフェ、スタートします。

 

◆ゴミ箱に捨てられないもの

まずは、具体例を出してもらいます。

いろいろ出てきました。

・お守り

・手紙

・手作りのキルト(もらい物)

・卒業アルバム、寄せ書き

・給料明細

・賞味期限の過ぎた食品

・お祝いで貰った食器

・親、子供の思い出の品、文集、写真

・本

・正月のしめ飾り

・人形、ぬいぐるみ

 

◆なぜ、捨てられないのか?

大きく、いくつかのパターンに分けられるという意見がありました。

 

①(金銭的)価値があって、捨てるのがもったいないもの

②思い出、思い入れがあるもの

③捨ててはいけないという思い、スピリチュアル系のもの

 

「賞味期限切れの食べ物」なんかは、①にあたるでしょうか。

「元彼からもらった服飾品」という意見もありましたが、これはどうでしょうか。処分するとしても、メルカリで売る?

 

多く挙がってきたのは、やはり②が多いですかね。

「子供、親の思い出の品」は、けっこう溜まってきます。

「それを捨ててしまったら、二度と見かえすことができず、それを通した思い出まで思い出せなくなってしまう」

という意見がありましたが、思い出の品の価値、というのは、「そのものを通して思い出が、思い起こされる」というところにありそうですね。

「写真に撮ってから、処分する」という意見もありました。

 

「ぬいぐるみ」という例は、よくわかりますね。実際の生き物のように、目がついていて、捨てる時後ろめたいものです。

人形を供養し、火葬してくれるというお寺の話題が出てきました。

みんながみんな、そこに持っていくことはできないので、

「日常的にはどうしたらいいのか?」という質問に、お寺さんが言うには、

「不用品処分のときに、袋に清め塩をいっしょにいれておく」というアドバイスをもらったとか。

そんな情報が、あとあとの対話の引き金にもなっていくのでした。

 

「お守り」というのは、③の例ですね。

そもそもお守りというのは、お守りを取り巻くルールの上で成り立っているため、

神社で購入→所持(ご利益を期待)→終了後神社に返却という流れとなっています。

お守りには、やおよろずの神々の力を分けてもらって、あの小さい袋になっているというものなので、

お守りをごみ箱に捨てられる人→お守りのルールに則っていない人=その世界観を共有できていない人ということも出来そうです。

だとすると、お守りを信じない人は、そもそもお守りを買う必要が無いということになるわけで。

 

いっぽうで

「お守りに効き目がなくて、腹が立って捨ててやりたくなった」

という面白い意見がありました。

効果があるから、お守りを購入するという、合理的考え方ともいえますが、そういったユーザー(?)にとっては、お守りを取り巻く世界観も違ってくるのかなと。

「お守り」については、人それぞれでなかなか面白い対話になりました。

 

哲学カフェはまだまだ続きますが、長くなってきましたので、続きは日を改めて書いていきたいと思います。

 

では、また!