<「ほめる」は上下関係だけではない?>
おはようございます!ちくわです。
この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。
私が参加していたある読書会の知り合い同士で始めた「哲学カフェ」。
2020年より主にオンラインの場(ZOOM)で開催しています。
※今のところ、クローズドでの開催です
今回は、第117回開催になります。
前回開催の記事はこちらになります。
◆「哲学カフェ」とは?
哲学カフェとは、おもに身近なことがらについてテーマを1つ決め、それについてみんなで自由に意見を出し合う対話の場です。
「哲学」と書いていますが、ソクラテスやプラトン哲学がどうのといった話はほとんどしません。
私たちの哲学カフェで扱っているテーマは、「『普通』ってどういうこと?」だとか、「『自己責任』って結局何なの?」だとか、身近にありながら、答えがなかったり、人それぞれだったり、ふだんあえて時間をかけて考えたりあまりしない話題について、じっくり語り合っています。
そうすることによって、「あたりまえ」だったことに新しい側面を発見し、考え方・生き方に変化が起こることを楽しんでいければいいな、と考えています。
当哲学カフェはいわば「日常生活を哲学する」ことを目指しています。
◆この日のテーマ
この日の参加者は8名(「聞き専」含む)。時間は2時間です。
オンラインにおいても、実際の哲学カフェのように、進行役を決め、話したい人は挙手し、1人ずつ話すという方式をとっています。
進行役は私ちくわが行いました。
この日のテーマは、
「ほめる」
です。
ほめられると嬉しいですか?ほめられて、嬉しくない言葉はありますか?
「褒める」と「誉める」の違いは?ほめる時に生じる上下関係は?
家族と他人で、「ほめる」に対する考え方は違いますか?などなど。
では、哲学カフェ、スタートします。
◆「ほめる」の具体例から
いつものように、最初は「ほめる」という言葉に対して、具体例から入っていきます。
普段「ほめる」をどういうふうに使っているか、
「ほめる」に対して感じている印象などを、参加メンバーに聞いていきます。
・髪型や服装を、「似合っていますね」と言う
・容姿はほめにくくなった
・きっちりしてますね、ものごとをよく考えていますね、という言葉は、あまり嬉しいと思わない
・「おもしろい人」は関西以外では、ほめ言葉にならない場合もある
・頭がいいとほめられることは嬉しくない
・この人にほめられたら嬉しい、この人にほめられたら嬉しくない人がいる
・プロに対してはほめない
・子ども、生徒をほめる、ペットが思い通りの行動をしたらほめる
早速、色んな切り口が出てきます。
「ほめる」という言葉に関して、さまざまな角度から料理することができそうです。
例えば地域差。
同じ言葉でも、地域によってほめ言葉になったり、けなし言葉になったりする。ということは、時代とか、文化の差によっても変化するということになります。
◆「ほめる」と上下関係
当初、「ほめる」は立場が上から下に起こるものだと考えていました。
上司から部下、あるいはペットをしつけるときのように、他人がとった行動に対する評価を、言葉にしているという感じです。
しかし、具体例では、「ほめる」は対等の立場の場合もあれば、下から上の立場の人に発している場合もあるようです。
これは、「ほめる」という言葉に対する使用範囲(定義)の差だということがわかりました。
私は、評価する立場の人が「ほめる」を使うもの、と感じていましたが、
ある意見では、「プラスのメッセージを伝える」ものであれば、「ほめる」とみなしているのだといいました。
◆何を「ほめる」のか
頭がいい、容姿がいい、という言葉に対して、そんなにうれしくないと感じる、という意見について考えます。
「ほめる」は対人スキルとしての側面もあり、良い「ほめ方」は本になったり、研修の対象になったりします。
そこでは、「人そのものではなく、行動をほめよう」といわれることが多いです。
「優しい人ですね」「賢い人ですね」というどこかボヤっとした言葉ではなく、「ナイスキャッチ!」、「早起き出来て素晴らしい!」というふうに行動を評価するといったほうが、伝わりやすいし、相手との齟齬が生まれにくいということでしょうか。
◆「ほめる」は受け取る側の判断?
「ほめる」とは、送り手→受け手の言葉の流れで行われますが、「ほめる」は実際受け手の判断で成立するものではないのか?
この意見は、なかなか衝撃的でした。
「ほめる」は、ある一定の言葉を他人に発することで起こる、と考えていましたが、確かに今までの意見には、「言葉を発する人による」というのもありますし、
この後、「いわゆる『ほめ言葉』でなくても、相手は『ほめられた』と受け取ることがある」という事例がでてきたからです。
上手に絵を描いている子どもに対して、「この絵、きみが書いたの?」という声掛けは、それだけで、子どもが「ほめられた」と感じる、と事例でした。
こうなると、「ほめる」の成立条件が気になってきますね。
哲学カフェはまだまだ続きますが、長くなってきましたので、続きは日を改めて書いていきたいと思います。
では、また!

