みんなの日常哲学カフェ&北摂読書サークル

哲学カフェ、読書会の記録を中心に書いています

旧:ちくわのぴょんぴょん読書日記

みんなの日常哲学カフェ第119回(オンライン)「やらない後悔 やった後悔」②

<あったかもしれない並行世界に思いを馳せる

 

おはようございます!ちくわです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 


私が参加していたある読書会の知り合い同士で始めた「哲学カフェ」。

今日は前回の続きで

「やらない後悔 やった後悔」

について書いていきたいと思います。

 


前回の内容はこちら。

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

◆「答え合わせができていない状態」とは

「やらなかった後悔」の中でも、「答え合わせができていない」側面についての検討が進められていきます。

 

「やった後悔=答え合わせができている」との違いを、告白の例について考えると、

やった後悔は、ほとんどの場合、失敗して傷ついた、という実害が伴います。

そして、傷ついたのなら、「やらないほうがよかった」と後悔します。

他人を傷つけてしまったことへの後悔なら、なおさらです。

 

対して「やらなかった後悔」は、その時点では実害は伴っていません。

しかし、長期間にわたって胸を痛める原因は、どこにあるのかというと、「もし告白に成功していたら、今より素晴らしいことになっていたかもしれない」という空想の世界との比較ということになります。

 

「並行世界」という言葉も出てきましたが、その「起こったかもしれない世界」を想像することが「やらなかった後悔」の特徴でしょう。

 

そこから、「現在に対する満足度」が高いほど、後悔は少ないのか?という問いにも発展していきました。

 

◆そのときの、ベストな選択しかできない

「やった後悔」を振り返った時、あの時、「やらない」とか、「別の選択肢をとる」ということができたか、という意見が出てきました。

 

「もし、あの時点に戻ったとしても、もう一度同じ選択を取ってしまうと思う。」という意見がありました。

 

ミスした原因には、未熟だった、テンパっていた、とかその時の背景・状態があって、「そのときの、ベストな選択しかできない」というのです。

 

そこから、後悔には「今だからできる」という側面があるということがわかります。

 

◆あのとき、「勇気」があれば

「自分で熟慮のうえ『やらないと決めた』ことと、『勇気がなくてできなかった』ことに違いはあるのか?」という問いがありました。

 

「勇気」への問いに対しては、意外と盛り上がったのですが、「勢い」のようなものなのか、それとも、熟慮の一種なのか。

 

中島みゆきさんの「ファイト」の歌詞が話題に出てきたのですが、「勇気」は自分の身をリスクにさらして何かを得にいく行為であり、

「やらなかった後悔」は、その勇気を出せなかったことに対する後悔ともいえます。

 

ではこの「勇気が出なかったことへの後悔」は、結果がどう転んだとは別問題ということになるでしょうか。

更なる問いにつながってきます。

 

◆「できたかもしれない」自分への後悔

「やらなかった後悔」は、「できたかもしれないこと」をやらなかったこと、

「やった後悔」は、「できないこと」をやって失敗したこと、

という意見がありました。

 

この「できたかもしれないことへの後悔」について、

では、「できない」と思っていたら、後悔は少ないのだろうか?という問いが出てきました。

 

もし、子どもの頃、ピアノを猛練習していたら、今頃ピアニストになって、世界中を駆け回っていたでしょうか。

可能性は無くはないですが、自分にそんなことができたとはあまり思えません。

だからそういう後悔は持っていないといえます。

しかし結局この「後悔」も、今の時点でそう思えるかであって、子どもの時点ではその可能性について判断することはできません。

 

◆終わりです。

哲学カフェは2時間が来たら終わりです。

 

「後悔」については、「後から悔やむ」と書くように、過去のことについて思うことです。

しかし、この哲学カフェを通じて、過去から繋がっている現在、もうひとつの「あったかもしれない」現在に思いを馳せているということがわかります。

 

だとすると、その「あったかもしれない」現在を想像する頻度が多い人ほど、後悔の多い人になるのでしょうか。

 

「後悔しない人生」を目指すことはポジティブで素晴らしい生き方だとは思いますが、

その「あったかもしれない」もうひとつの世界に囚われてばかりで、実際の「いま」を、つまらない世界とか、失敗した自分だと思ってしまうのも、なんだかつまらない気もします。

今回のテーマ、後悔についての向き合い方が少し変わったかもしれませんね。

 

以上で今回の、みんなの日常哲学カフェ「やらない後悔 やった後悔」の振り返りを終わりたいと思います。

 

では、また!