<接客の様式美と割り切ったらどうか>
おはようございます!ちくわです。
この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。
私が参加していたある読書会の知り合い同士で始めた「哲学カフェ」。
2020年より主にオンラインの場(ZOOM)で開催しています。
※今のところ、クローズドでの開催です
今回は、第107回開催になります。
前回開催(特別編:お散歩哲学カフェ)の記事はこちらになります。
◆「哲学カフェ」とは?
哲学カフェとは、おもに身近なことがらについてテーマを1つ決め、それについてみんなで自由に意見を出し合う対話の場です。
「哲学」と書いていますが、ソクラテスやプラトン哲学がどうのといった話はほとんどしません。
私たちの哲学カフェで扱っているテーマは、「『普通』ってどういうこと?」だとか、「『自己責任』って結局何なの?」だとか、身近にありながら、答えがなかったり、人それぞれだったり、ふだんあえて時間をかけて考えたりあまりしない話題について、じっくり語り合っています。
そうすることによって、「あたりまえ」だったことに新しい側面を発見し、考え方・生き方に変化が起こることを楽しんでいければいいな、と考えています。
当哲学カフェはいわば「日常生活を哲学する」ことを目指しています。
◆この日のテーマ
この日の参加者は10名(「聞き専」含む)。時間は2時間です。
オンラインにおいても、実際の哲学カフェのように、進行役を決め、話したい人は挙手し、1人ずつ話すという方式をとっています。
進行役は私ちくわが行いました。
この日のテーマは、
「接客の接客」
です。
美容院で美容師さんが話しかけてくれるのに合わせるが苦手という方。
歯医者さんに対する患者のふるまい方。
介護の現場における利用者の役割。
「接客を受ける側」なのに、そのサービスの送り手を「接客」していることって、ありませんか?
では、哲学カフェ、スタートします。
◆接客の接客とは?具体例
まず、このテーマ「接客の接客」ですが、問いは上記の通り、「接客を受けている側なのに、そのサービスの送り手を『接客』しているようなことって、ありませんか?」ということです。
このテーマのきっかけとしては、メンバーからのエピソードから。
そこそこ高い料理店で、持ってきた料理のを説明を受けた時、小ネタ含めてすぐ隣のテーブルでさっき聞こえてきた説明と全く同じだった。さっき漏れ聞こえた話しに合わせて笑ったり頷いたりすることにモヤモヤした、という話です。
まずは典型的なところから、具体例を挙げていって、そこから共通点とか、抽象的に言えそうなことはないか、といういふうに探っていくようなかたちとなりました。
まず、具体例として挙がってきたのは、美容院とタクシー。
接客時に会話に合わせるのがしんどい、という話題からです。
洋服店や電器店などでは、店員さんからスッと離れることができるかもしれないですが、美容院やタクシーでは、サービスが終了するまで離れられないので、気まずい思いをしたくないから、相手のペースに合わせる「接客の接客」をしがちなのでしょうか。
◆パワーバランス
医者と患者:医者が言うことに、違うと思っていてもなかなか言えず従ってしまう。
自動車教習所(以前は?):サービスを受けているのに、怒られて嫌な気持ちにさせられる
頑固店主や、ルールの多いのラーメン店:美味いラーメンでも、店主に対してビクビクしながら食べるのはアリなのか?
サービスを提供する側が、立場が上(?)となりやすい場合、「接客の接客」が起こりやすいのかという話題になりました。
◆接客の様式美
「デパートで買い物をすると、店舗の出口(といっても区画のはじっこですが)まで、紙袋を持って、お見送りします、といって付いてきてくれる。気恥ずかしいので、いやいいです、といえずに、それに従ってしまう。
というエピソードがありました。
それに対し、お見送りは「接客の様式美」と割り切り、客としては無理に逆らわず、「サービスの気持ちいい完結」を目指すように、進んでそれに付き合う、という意見がありました。
「接客の接客」に進んで付き合う。これについては、なかなか気づきの多い意見だったと思います。
先ほどからの、店員対顧客といった構図ではなく、「気持ちのいいサービスの完結を目指すこと」前提に考えると、店員と顧客の関係が対等となり、協力関係に変化するのかな、とか考えました。
◆店員がロボットの場合?
店員(サービスの送り手)が「人」ではない場合、どうか?という話題になりました。
ロボットにきつく当たっても仕方ないですよね。
哲学カフェはまだまだ続きますが、長くなってきましたので、続きは日を改めて書いていきたいと思います。
では、また!