主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

哲学カフェに参加しました ~園田哲学Bar 「あるはず」(前編)

<?なテーマでも、やってみないとわからない>

こんばんは。ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。

 

今日は10連休の最終日10日目。経過・・4勤:6休。

 

今日は、「美術館で脱出ゲーム」という、「絶対面白いやろ」イベントに行ってきました。実際メチャクチャ面白かったです。

 

その模様も、順次書いていきますね。

 

今日書くのは、私が今年ずっとお世話になっている、「園田哲学bar」さんです。

 

「京都南座で講談」→「ボードゲームカフェ」→「哲学カフェ」という強行軍の最後を締めくくる活動です。

 

◆哲学カフェとは?

・誰もが『対等な立場』で、テーマについて自由に話し合う場

・テーマは身近なこと。(例「お金」「愛」「子供」「嫉妬」)

・哲学の知識は不要(全くもって不要です)

・あるのは進行役と少しのルールだけ

 詳しくはHPにて。↓↓

  

cashewnut27.blog.fc2.com

 

場所:園田地区会館

参加人数:数えるの忘れました (多分12人ぐらい。うち進行役1名)

「予約不要」ですので、思いついた時に気軽に寄れます。

 

市民ホールの1部屋で、長机・パイプ椅子を並べて適当に座ります。

 19時にスタートですが、仕事帰りの方も多く、途中入室される方も多いです。

 持ち寄りbar(アルコール可)、飲みたい方は缶ビールなどを持ってこられています。

 

まず、進行役が決めごとについて説明します。

 

①ここは、自分の意見を通す場ではありません。

 →結論は出しません。時間になったら終わりです。モヤモヤとしたものを持って帰れることも哲学カフェの楽しさのひとつです。

 

②他人の意見をしっかり聞きましょう。

 →他の人が発言しているときは、黙って最後まで聞き、発言したいときは挙手をしましょう。

 →他人の人格を否定するような発言は控えましょう。

 

③他人に伝わるように努力しましょう。

 →抽象的な物言いでなく、できるだけ「自分の経験」について話しましょう。

 

本日のお題は「あるはず」。

お題はあらかじめ決められていて、会の最後に次回のテーマを決めています。

 

主に印象に残った3〜4の、トピックについて簡単ですがレポートさせていただきます。

  

◆「あるはず」??

  

まず、このテーマですよね。

先月終了時に出た案が採用されたのですが、「あるはず」をどう解体していくのでしょうか?

 

いつもなら、向かう電車の中で、こういう事をしゃべろうかな、こういう展開になるかな、などと想像して臨むのですが、

今回は、全くイメージが湧かないまま会場に到着しましたね~!

 

まず、進行役から「筈(はず)」の説明が。

「はず」は弓矢の「矢」の部分で、弓の弦に引っ掛ける場所の呼び名だそうです。

「へえ~そうなんだ~」と聞いていたら、

それがなんと後からつながってくるのですよ!

 

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◆「あるはず」のイメージ

「あるはず」とされてきたブラックホールが遂に撮影されました。

こう切り出された方がいました。

これで、一気に「あるはず」のラフなイメージが私の中で出来てきました。

 

言葉にすると、「自分では見てないけど、高い可能性であるんだろうと思っている状態。」といった感じのイメージができました。

 

そこから出てくる問いは、

どれぐらいの可能性の時に「はず」を使う?

「はず」は使われる場面によって変わってくる?

 

といった感じが想像できます。

 

◆あるはずはポジティブか、ネガティブか。

最初のトピックです。

 

「きっとあるはず。」は希望ですよね。

 

「あなたにはこれができるはず。(でもできないのはなぜ?)」

これは失望というか非難。

 

前者は未来に対し、希望や願望を持って使っています。

後者の「あるはず」は、他人に対しての決めつけ・押し付けですよね。

 

この辺をもっと掘り下げて行くと、何か見えてきそうですよね。

  

◆「あるはず」の意義

「あるはず」はまた別の展開を見せます。

目の前の現象全てあるはずで、あると言い切れることはないのでは?

という意見。

これは存在論?な次元ですね。

 

確かに、今見て触っているものでも単に私が「あるはずだ」と思っているだけであってあると言い切れるものではないです。

 

ここでは、

「あるはず」は、普段当たり前と思って考えずに過ごしていることで、疑いだすとキリがないことのことを指しますよね。

 

ポケットにあるはず鍵がない

当たり前だと思って気にも留めないことが破れた瞬間、えらいことになったという例です

 

ここで突如、最初の「矢の筈(はず)」が出てきます!

 

矢の筈も弓の弦に掛かっているのが当たり前で、それが外れてしまうと大変なことになるとその方は分析されました。

 

思いもよらない所で話が繋がって、理解が進んでいく、というのは哲学カフェの醍醐味のひとつだと思います。

 

◆「あるはず」の使われ方と「責任」

ここが今日の核心部分ですが、これ以降は明日にしたいと思います。


では、また!