主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

エスカレーターの左側を空けるのはなぜか?続き。

<このそわそわした背中の感覚は?>

こんばんは。ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。

 

今日は、つぶやきます。

 

先日、「彩ふ読書会 大阪平日会」のなかで、「超カジュアル哲学カフェ」と銘打って、「エスカレーターの左を空けるのはなぜ?」について語り合いました。

その模様はこちらです。

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

で、これが9月下旬のこと。

あれから、エスカレーターに乗るたびに気になってしまうんです(笑)

 

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※ちなみに、左側を空けるのは、京都を除く関西だけだそうです。

京都は先日現認いたしました。右側を空けてました!(そして右側に立ってみました。)

 

◆空いている左側に立ってみた、気持ちの正体

現在多くの鉄道会社が定めるルールでは、危険防止の意味もあって、「エスカレーターは歩かずに立ち止まって利用する」となっていますので、これをしたところで、文句を言われる筋合いはありません。

 

でも、左側に立っているというだけで、何故か罪悪感を感じてしまうのです。

特に背中の方に、そわそわしたような空気を感じます。

 

この気持ちの正体について、考えてみました。

 

①後ろから歩いてきて、自分のせいで立ち止まった(立ち止まるかもしれない)人に対する悪いような気持ち。あるいは、実際に後ろから怒鳴られたりするかもしれない恐怖から。

 

②皆がやっていないことを自分一人だけやっているために、気になる他人の目。

 

おそらく、この2つだと思います。

 

◆暗黙のルールか、輸送効率(全体最適)か。

電車のホームから改札に向けて、長いエスカレーターがある駅で降りたとします。

電車が到着したばかりのとき、エスカレーターの右半分に行列ができています。

 

エスカレーターの乗り口と反対側の車両に乗っていた自分は、わざわざエスカレーターを通り過ぎて、列に並びなおさなければなりません。

しかも重い荷物を持っています。

 

左側は急ぐ人がときどき使いますが、そもそも距離が長いため、あまり左を歩く人がおらずガラガラです。

 

そんなとき、空いている左側を使いますか?

輸送効率を考えても、左側に立ち止まるのは、なんら問題はない、むしろ輸送効率をあげるための有効な手段だと思いませんか。

 

決して私は、「エスカレーターは立ち止まるべき」と力説したいだけではないのです。(※実際鉄道会社などはそう言ってますけど。)

適度に両側がすいているときには、皆と同じ右に立ち止まってもいいと思います。

 

でも、上記のようなときや、歩いては危険な下りなどは、もっと自分で判断して積極的に左に立ち止まってもいいと思います。

 

ただし、そうじゃない価値観の人に、怒鳴られたり、押されたりする危険性があるので、ご注意ください、くれぐれも。

 

◆そわそわした空気

では、拭えないこの「そわそわ感」は、どうすればいいのでしょうか。

 

私は「皆と違うことをやっているから偉いのだ」なんて胸を張れるほど強くないからでしょうか。

 

どうやらこれが、「集団心理」というやつなのでしょう。

「空気を読む、読まない(これはKY)」ともいいますね。

 

社会的な生物である人間が、生きていくうえで大切な本能ですから、これから逃れることは出来ません。

 

興味のあるあなた、一度試してみてください。「集団心理」を気軽に体感することができますよ。

 

◆「自分の思っているほど、他人は思っていない?」

平日会でも話題に出しましたが、私の座右の銘です。

 

私がこんなにそわそわしながらエスカレーターの左側に立っていても、実際「あの人は何ておかしな人なんだ」というようにネガティブに私を見ている人は、10%もいないと思います。

 

実際やり続けてみると(決して邪魔してやりたいとかではないです)、案外慣れてしまうのかもしれないですね。

もうちょっと試してみたいです。

 

◆パラダイムシフト

この慣習ができたのは1990年代だそうです。そこからすると20~30年経っていることになります。

ひと世代(パラダイム)ですよね。

 

「エスカレーターは立ち止まる」世代があと何年かしたら多数になるかもしれないですよね。

そうなると逆に歩こうとする人が非常に肩身が狭くなるでしょうね。(あ、むしろそうなったら歩けないか)

(そんなことより20年もしたらエスカレーターも全然違う形になってるかもしれない)

 

普段何気なく乗っているエスカレーター、でもちょっと哲学的に接してみると楽しいですね。(いとをかし)。

 

では、また!