主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

「私とは何か~『個人』から『分人』へ」平野啓一郎 ②

<メタ視点で「分人」を観察できる>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 

今日は、この本の続きを書いていきたいと思います。

 

昨日の内容はこちら。

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

◆内容・感想続き

この本で筆者が紹介されている「分人主義」を、自分なりに図にしてみたのが、こちら。

 

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自分の中にある「分人」たちは互いに影響し合い、今の「自分」というものを形成しています。

これを文中にある具体例を交えて紹介していきます。

 

・親の影響

赤ちゃん~小学生ぐらいまでは、「親」とのコミュニケーション先が大半を占め、親との間に作られた分人が大半を占めています。

食事の傾向や整理整頓など、その家の習慣・価値観を大きくなっても引きずってしまうのは、その頃の分人がずっと影響しているといえそうです。

 

・大学デビュー

この本に紹介されている例で印象深かったのがこちら。大学に入り、地方から都会に暮らす場所を移すと、それまで関係していた他人との関係がいったん遮断され、全く新しい他人とのコミュニケーションに自分を置いていくことを余儀なくされます。

都会的な友人、生活する中で関わる大人、アルバイト先の先輩やお客さん、、。

 

そうすることで、自分の中の分人の大部分は今までと違うもので満たされていきます。

これが「大学デビュー」の正体です。

人間は暮らす環境を変えたりしながら、少しずつあるいはドラスティックに、分人の構成を変化させているということになります。

だから、高校時代の友人が見ていた「以前の姿」というのが「ほんとうのお前はそんなじゃなかったよ」というのは正しい表現ではなく、以前の自分も、いまの自分も、どちらも「ほんとうの自分」であるということです。

 

・よそ行きの声

これは私が思い出したエピソード。

母親が電話に出る時、声のトーンが1オクターブ上がるのは、おそらくどこの家庭にもある「あるある」です。

その時の「よそ行きの声」は、偽りの声ではなく、自分(子ども)にむけての分人と、仕事相手だったりに対する分人が、違うというだけです。

 

高校時代の友達と電話したときの母親が、急に声が大きくなって早口で喋っているのに驚いた、というのも分人でしょうかね。

 

偶然、休日に会社の上司の姿を目撃したとき、いつも厳しい上司のはずが、とても優しいパパの姿だった、というのも、「どちらもほんとうの姿」である分人の考え方をすれば、理解できるものですね。

 

・分人の形成レベル

ほとんど面識のない他人とコミュニケーションを取るとき、例えばレストランのウェイターと話すとき、また会合での隣の人と話をするとき、その人との分人は独立して形成しているものではありません。会話も天気やニュースなど、当たり障りのない会話しかできません。

その段階を筆者は「①社会的な分人」と呼んでいます。

 

そこから、学校や会社、サークルにおいて作られる「②特定のグループ(カテゴリー)に向けた分人」へと進み、最終的に「③特定の個人に向けた分人」というふうに関係が深まっていくというふうに説明されいています。

 

ここで筆者は、この順序が重要であることを説明しています。

合コンで向き合った初対面の人に対して、住所や職業など個人的なことを聞いてしまって失敗するのはそのためだ、と解説され、なるほど、と納得しました。

対人距離を測るというのは、その人との分人の形成レベルによるものだということですね。

 

「コミュニケーションが苦手だと思っている人は、その原因を、相手を魅了する話術の不足に求めがちだが、むしろ、相互の分人化の失敗というところから考えてみてはどうか?」という言葉には、はっとさせられましたね。

 

・ネガティブな分人

「ネガティブな分人は半分は他人のせい」という表現も印象的でした。

人間関係がどうもうまくいかない人、どうしても苦手な人は、「うまくいってない分人」というふうに言い換えると、その相手との分人はその人との相互作用の中で生じているため、半分は自分のせいで、半分は相手のせいというふうに考えられます。

 

だから、うまくいかないからといって自分を責めすぎず、「半分は他人のせい」という程度に考えましょう、といわれると、気持ち的に楽ですね。

 

・うまくいかない自分から、うまくいかない「分人」へ

これも印象的でした。

うまくいかない自分、もう自分なんてダメだ、って思ったとき、それは「自分ぜんぶ」がダメなのではなく、ダメなのは「特定のダメな分人」であることを意識することで、「その分人の比率を小さくすること」を考えることが出来る、という思考方法です。

 

いままで学んできた分人の考え方からすると、ポジティブな分人を大きくするために好きな人と時間を増やしたり、住む場所を変えて新しい分人の比率を高めてみたり、方法は思い浮かんできます。

これも新しい気付きになりました。

 

・まとめ

というわけで、色々と書いてきましたが、「分人主義」という考え方に変換してみることで、自分をとりまく人間関係を再定義することができます。

自分を「分人」と捉えなおすことで、「分人」をメタ視点で眺めることができ、そうすることで様々なメリットを享受できるような気がしました。

最初に行った「自分とは何か?」という問いに対する哲学に関し、大きな武器を得た、そんな読書体験となりました。

 

感想は以上になります!

 

では、また!