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「哲学する子どもたち」~バカロレアの国フランスの教育事情 中島さおり

<「考える」プロセスを学ぶ>

こんばんは。ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。

 

今日は、「哲学」がずっと身近にある、フランスのお話です。

 

哲学する子どもたち: バカロレアの国フランスの教育事情

 

<内容紹介 amazonより>

「考える方法」を習ったことがありますか?驚くほど日本と違う、フランスの誰もが学校で学ぶこと―ベストセラー『パリの女は産んでいる』著者が、母親の目線で紹介&考察する「学び」の現場!日本でも求められる「考える子ども」をどう育てるか?ヒントはフランスの中等教育にあった!

 

◆フランスでは10代から哲学を学ぶ

フランスでは、高校生が卒業時に必ず受けなければならない「バカロレア」と呼ばれる国家試験があります。

 

そのバカロレアの科目に、「哲学」は必ずあります。フランスの子供たちにとって、「哲学」は必修科目です。

 

どんなことを学ぶのでしょうか。

ニーチェやサルトルについて学ぶのでしょうか。

 

もちろん、考える基礎としてある程度の知識は学ぶようですが、それは高学年になってからのようです。

 「哲学」は「哲学」を学ぶことではない。「哲学する」ことが重要なのである。持っている知識を使って、自説をどう展開するか、そのやり方が「哲学」なのである。 

 

◆「哲学する」とはどういうことか

以前、下記の本を紹介した際に述べたのですが、「哲学」は「対話」の中にあります。

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

哲学対話のやり方は多くの場合、場に出てきた話題に続けて自分の考えを述べていくものです。

 

哲学対話では自分の考えを述べるだけでなく、検討しあうことが重要です。

 

この本で述べられているフランスにおいての哲学は、論理法なのである程度の「型」が決まっています。

①序論 ②問題提起 ③結論

 

バカロレアの哲学試験においても、その型を守ることが求めれられます。

そして、ここが重要なのですが、「何となく思う」ではなく、

「自分の考えを、持っている知識や資料から組み立てていく」ことです。

 

日本の場合、「感想文」というのがありますが、私はこう思いました、で終わりますよね。

 

でも、フランスでは、そうはいきません。

「あなたは1914年のフランスの子供です。ドイツとの戦争が始まった日、お父さんの招集がかかりました。その日の日記を書きなさい」 

といった問題が出ます。

これは、架空の人物を1人称にして、その人のその時の気持ちになって、作文するのです。

もちろん時代背景として社会情勢や家族構成のことを知っていなければ書くことが出来ませんよね。

 

大人の私でさえも、得点できる自信がありません。

 

◆「考えること」は「問題提起」ということ

先ほど ②問題提起 と書きました。

最後にそこに触れておきます。

 

「私はこう思う、何故ならこうだから」だけでは、哲学では評価されません。

 それは、自分の思い込みであって、「考えて」いないかもしれないからです。

 

そのために、最初の説とは相反する説を立てるのです。

そして、双方の説を検討・調整して、別の第3の道を見つけるのが、結論を導く方法となります。

 

あまり哲学的ではないですが、分かり易いので、こんな例をあげましょう。

 

「タバコに意味はあるのか?」という問題があったとします。

 

①まず「健康を害するのでやめるべき」という論がまず出てきますよね。

 健康への影響、やめられないメカニズム、副流煙の問題、色んな話題が出てくると思います。

でも、ここで終わらないのです。

 

②「求める人がいるのだから、必要」という反論を展開するのです。

 

①②の各論を互いに推し進めた結果、

③「別のもので代用が出来たらいいのでは」という新しい論が出てきます。

 

こんな感じでしょうか??

 

◆最後に、

フランスでは「いい答えを出す」ということよりも、「やり方(プロセス)」を重視しているようです。

 

日本でも、「考える」ことの実践的教育がもっと進めばいいと思いました。

 

では、また!