主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

「昭和16年夏の敗戦 新版」 猪瀬直樹 ②

<それでも戦争は、始まった>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 

今日は、この本の感想の続きを書いていきたいと思います。

 

前回の記事はコチラ。

 

chikuwamonaka.hatenablog.com

 

昭和16年夏、秘密裏に進められていた「総力戦研究所」は、「日本必敗」の結論を導き出し、時の近衛内閣の前でプレゼンテーションします。

 

後に総理となり開戦を決断することになる東條陸相は、これを熱心に聞き、とても詳細なレポートに狼狽しながらも、「これはあくまで机上の空論」と断じ、結果として取り上げることはありませんでした。

 

この8月から、12月までの間、実際何があって、開戦に至ったのでしょうか?

猪瀬氏は実際の出来事を基に順を追って分析していきます。

ここからは、読み物として非常に興味深い内容となっています。

(私にはこの辺の知識が殆どありませんでしたので。)

 

9月6日の御前会議以降、開戦決定を急ぐ統帥部と、それに異を唱え開戦を回避しようとする天皇との対立が顕在化、いったんは10月下旬開戦の方針が決まってしまいます。

 

その背景にはアメリカの禁輸にともなう石油資源のひっ迫がありました。

早々に南方油田を確保しなければ、軍どころか日本経済は早晩ストップするという事態に。軍は石油が無くては、船も動かせません。

何とか開戦を回避しようとする近衛内閣は、一旦総辞職し出直しますが日米交渉が平行線をたどり、10月に総辞職。

 

10月18日、天皇は東條を首相に任命し開戦回避に最後の望みを託すかっこうになりましたが、縮まっていく欧米の包囲網と開戦を急かす統帥部の焦りとで、東條は四面楚歌となり首相の立場として何もできず、12月1日ついに開戦の決議に至るのです。

 

猪瀬氏の詳細なレポートはさながらドラマを見ているような臨場感あふれる記述となっています。

「総力戦研究所」に記事もさることながら、実際の政治のくだりも読み応え満点です。

 

事実、開戦を回避するには「ハル・ノート」にもあるように、中国・ベトナムからの撤兵と三国同盟の解消ということで、当時の日本としてはおよそ受け入れられないものであったのも事実ですが、決定的となったのは、やはり石油でした。

 

猪瀬氏は、「南方油田を確保すれば3年は持つ」というデータが出てきたことが開戦の裏付けになったという事実に着目しています。

しかしそこには「開戦ありき」で、「みんなが納得するため(仕方ないと思わせるため)のデータづくり」という側面があったのではないか、と分析しています。

 

個人の感想としては、だとしても、日米交渉に対し大幅な妥協はできなかったのか、少なくとも日本が焦土となるよりはましだとは感じましたが、その時代に生きていたわけではないので、それはわかりません。

 

しかしこの時代にも、冷静な人間が少なからずいたことを知り気持ちが救われた一方で、戦争に突入してしまうほどの「空気」というものの存在の恐ろしさを知るのでした。 

 

そしてまた、結果として日本を開戦させるように「しむけた」アメリカはじめ同盟国のしたたかな戦術を知ることができました。

 

つい先日「海賊とよばれた男」を読んだので、この戦争が石油をめぐるものであったことを再認識するのでした。

 

多くのことを学ぶことができた良い本に出会い、感謝です。

 

では、また!