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「認められたい」の正体 ~承認不安の時代 山竹伸二

「認められたい」の正体 ― 承認不安の時代 (講談社現代新書)

 

「スクール・カースト」、「ブラック企業」、「カルト宗教」が意味するもの。

 

そこではグループの信頼・承認を維持するために、自分の本音を抑え、仲間うちで成立するルール・価値観を優先してしまいます。

自分のグループ内で承認されるか否かが判断基準となり、それ以外の人々の判断は考慮しようとしません。

 

このような危険な現象の背景とは。

現代において、承認欲求の構造が変化したのでしょうか。

 

筆者は以下のように論じています。

「社会共通の価値観(古来の道徳観、宗教観、国家への忠誠といったもの)が薄らぎ、自らの価値判断に不安を覚え、ゆえに身近な仲間の承認を切望するのではないか。」

 

つまり、「周りがどう言おうと、自分が正しいと思うからこれでいいのだ」といった自信を持てる価値観が、なくなってきている、ということです。

 

経済成長は止まりました。一生懸命働いても、報われない事も多いです。

一方で、世の中は変化のスピードが速すぎて、自分は何をすべきか、誰もはっきり教えてくれません。

 

皆、迷っています。

そして、不安の中で、身近な人からの承認を頼りにソロソロと歩いているのです。

これが現代です。

 

この本では、人間の承認を3段階に分類しています。

①親和的承認

家族などの「ありのままを受け入れる」もの。

②集団的承認

 自分の属するグループ内で、価値ある行為により強まる。

③一般的承認

 「困っている人を助ける」など、広く社会に認められている価値観に則った行為により強まる。

 

人間の成長により①→②→③ と強まっていくことが自然であり理想です。

しかしながら、それだけでなく「それぞれが補完関係」にあることが重要です。

 

例えば、②である学校や会社で認められなくても、①の家族に戻ると、承認が満たされ助けられます。

 

また、②のグループ内で間違った行動がとられていると感じた時は、③の社会的規範に則り、「自分だけは正しいことをするのだ」という気持ちで取り組むこともできます。

 

こういった補完関係を常に意識することが、「承認不安」の出口なのではないでしょうか。

 

「承認欲求」と「自由」は常に葛藤しています。トレードオフです。

「承認不安」は「~しなければならない」「~すべきだ」という、自分ルールを作ってしまいます。

冒頭のブラックなグループから抜け出せないのも、そんな理由からではないでしょうか。

 

「自分ルール」に縛られてしまいがちな世の中で、「一歩下がって考えられる」人、「自分の中に中立的なものの見方を持った」人は、強いと思います。

 

そのためには、違った視点で見てくれる仲間の存在と、併せて内面の多様性の育成が、大切なのではないかと気づきました。

 

私が読書を続けること、それは「空虚な承認ゲーム」に振り回されない自分を育てることでもありますね。