主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

「生命式」 村田沙耶香 (ネタバレ度:中)

<常識と非常識の境界線>

 

こんばんは。ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

新しい事、楽しい事は、何でも試して、失敗して、楽しんで。

 

今日は、私の一番好きな作家さんのひとり、村田沙耶香さんの最新刊です。

生命式

 

 

 <内容紹介 amazon より>

死んだ人間を食べる新たな葬式を描く表題作のほか、著者自身がセレクトした脳そのものを揺さぶる12篇。文学史上、最も危険な短編集

「正常は発狂の一種」。何度でも口ずさみたくなる、美しい言葉。――岸本佐知子(翻訳家)

自分の体と心を完全に解体することは出来ないけれど、
この作品を読むことは、限りなくそれに近い行為だと思う。――西加奈子(作家)

常識の外に連れ出されて、本質を突きつけられました。最高です。──若林正恭(オードリー)

サヤカ・ムラタは天使のごとく書く。人間のもっともダークな部分から、わたしたちを救い出そうとするかのように。強烈で、異様で、生命感あふれる彼女の作品は、恐ろしい真実を見せてくれる。ふと思うだろう――他の本を読む必要があるのか、と。
――ジョン・フリーマン(「フリーマンズ」編集長)

 

この本は、 「これぞ村田沙耶香さん」というべき12の短編集となっており、まあいつもなんですが、自分の中の常識と言うか価値観そのものを揺さぶってくる作品となっております。

 

ここでは、3つの印象に残ったワードとともに感想を述べたいと思います。

 

◆お前ら、ちょっと前まで違うことを『本能だ』って言ってただろ。

<生命式(表題作)>

最も強烈なインパクトを残すのがこの表題作。

 

人が死んだとき、「葬式」の代わりに死んだ人間を食べる「生命式」という儀式をする習慣となった時代。

 

詳しい内容は是非読んでみてほしいのですが、これを読んで最初は当然「おぞましい、気持ち悪い!」と思うんです。

でも読み進めるにつれて、その気持ち悪さはどうして覚えるのだろうと考えることになります。

それを「本能」と当たり前のごとく呼んでいる私たち。

「本能」と呼んでいることすべてが、人類の全てが当然抱いている価値観なのでしょうか?

ひょっとして、「本能」と呼んでいることも、自分が生まれてから時間をかけて骨身に沁みているだけで、全く違う文化に育った人にとっては、全然違うかもしれないのでは?

 

印象に残った一節を。

もし、そのころの人たちが、山本をカシューナッツ炒めにして食べている私たちを見たら、発狂するって思うと思いますか?

 

◆私たちは人間であると同時に物質なのよ。それは素晴らしい事なのに。

<素敵な素材>

人間が死んだら、死んだ人間の素材を使って、家具や小物を作り大切に使うという時代のお話。

表紙の写真は黒いランプに見えますが、その表面は人間の髪の毛になっており、この作品がモチーフになっていると思われます。

 

1話目と比較してややマイルドな設定(?)ですが、今の私達はそういう習慣がありません。遺骨をペンダントに入れるとか、遺髪を取っておくとか少しはありますが、インテリアにするという発想は、、。

 

村田さんの作品は、ただやみくもに常識を否定しメチャクチャにしているかと言うとそうではない様な気がしています。

 

今の自分達では考えられないけど、ひょっとしたらあるかもしれない、はたまた人間の歴史のなかではやっていた、そんなボーダーラインを突いてきます。

 

だから、私に引っかかってくるのです。そして離れないのです。

ここでの、印象に残った一節を。

ナオキは人間を素材として活用することを「残酷」だって言う。私は、素材として使ってあげずに全部燃やしてしまうほうが、ずっと「残酷」だって思う。私たち、同じ言葉でお互いの価値観を糾弾しているの。

 

◆乗客が吐き出す二酸化炭素にまみれていると幸福だった。

<パズル>

他人を見るとき、普通の人と違った見方しかできないOLが主人公の話です。

主人公にとってはうごめく生命体たちが面白くて仕方がないだけなんですが、それを無分別の好意だと受け止めて職場の中では仏のような存在として敬われることになるのです。

最初から最後まで、主人公と他の人たちの会話は噛み合っていません。

 

私にはこの「うごめく生命体」という表現が引っかかって離れないのです。

 

どこかの本で「人間も突き詰めれば口から肛門までの『管』であり、その他の部位は『管』を支える添え物に過ぎない。」というのを読んで以来、私は腹が立つ人に出会っても、「どうせ管だから」と思うようにしています。(ああ、何の本だったかな、忘れちゃいました。)

 

「どうせ管だから」と思うようになったら、すべての細かい悩みがアホらしく思えますよ、ほんと(笑)

「管が歩いてきた」とか、「何色着ていくとか何時間も悩む管」とか。

私の心の深いところにダイレクトに届いた一節を最後に引用させていただいて終わりにしたいと思います。

 

人間としての由佳は、もうそこにはいなかった。彼女は波の上を移動する小さな胃袋だった。そしてそれもまた彼女の正しい姿だった。

 

12の短編はどれもこれも常識と非常識のボーダーラインをかき乱します。ありていに言えば「問題作」。でも「問題」ってなんなんだ?

止まらなくなるのでこの辺でやめます。

 

では、また!