主に読書メモ・読書会・哲学カフェについて書いています。

「私の嫌いな10の言葉」 中島義道 ①

<巧妙でずるい自己主張?>

 

おはようございます!ちくわです。

読書・読書会・哲学カフェが好きです。

この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。

 

今日は、この本。

 

内容<amazonより>

「相手の気持ちを考えろよ! 人間はひとりで生きてるんじゃない。こんな大事なことは、おまえのためを思って言ってるんだ。依怙地にならないで素直になれよ。相手に一度頭を下げれば済むじゃないか! 弁解するな。おまえが言い訳すると、みんなが厭な気分になるぞ」。こんなもっともらしい言葉をのたまう大人が、吐気がするほど嫌いだ! 精神のマイノリティに放つ反日本人論。

◆この本は

 

ボリューム:★★★☆☆(普通の文庫サイズ)

読みやすさ:★★★★☆(難しい言葉はありません)

気付き学び:★★★★☆(新しい視点を得ます)

考えること:★★★★☆(自分はどうか?という問いかけ)

 

終始、面倒くさいオジサンのボヤキ調で展開されるのですが、その面倒くささを我慢して読み進めていくと、その言葉たちに隠された真の意味をいかに普段よく考えずに発していることに気付かされます。楽しく日常生活を哲学する、そんな本になっています。

 

◆内容紹介・感想

10の言葉のいくつかを紹介することで、この本の雰囲気を味わっていただき、そのうえで、おおまかな感想を書いていきたいと思います。

 

①「相手の気持ちを考えろよ!」

騒音を放ち睡眠を妨害する暴走族に対して、この言葉を発したとすると、その言葉を発した本人は、騒音をまき散らす暴走族の「愉快な気持ち」をも考えないと不公平になるがそうはならない。

なるほど、確かにそうなんですよね。この例における「相手」というのは、結局のところ「世間一般」というふうに対象をぼやかし隠れ蓑にして「自分がこうしてほしい」という主張をしているに過ぎない、ということなのかもしれません。

 

幾度でも言いますが、往々にしてこの言葉は、マイノリティの信条や感受性を潰し、マジョリティを擁護する機能を持ってしまう。

すなわち、この言葉には「自分はそう思っている、だからみんなも同じ価値観にあるはずだ、だからあなたもそれに従わなくてはいけない」という価値観の押し付けのニュアンスを含んでいるんじゃないか、ということなんですね。

 

この後、有名な「京のぶぶづけ」のエピソードに対し、「洗練されたコミュニケーションでもなんでもなく、とんでもなく野蛮な態度」と切り捨てる論調に展開します。

これは、「わかる人間」を優遇し、「わからない人間」に対し説明もせずよそ者として排除するムラ社会的なものと考えてみると、理解できますよね。

 

②「おまえのためを思って言っているんだぞ!」

親や先生や先輩は「おまえが心配で心配でしかたないんだ」とのたまうが、本人も気づいていない心の底では、「こんなお前が目障りで嫌でたまらない」のです。

この言葉も良く考えてみると、「相手の気持ちを考えろよ」同様、「おまえのため」といって対象を巧妙にすり替えているものの、結局は「自分が気に入らないからやめてくれ」という「自らの価値観の押し付け」の意味があるんじゃないか、ということになります。

 

ここには、そう語る当人が気づいていない一つの大変な傲慢な態度がある。そう語る人は、「おまえのために」言ってやるその相手より人間として絶対的に上位にいるという傲慢です。

なるほど、「あなたのためを思って」と言われて、決して「あぁそうか」、と反省する気持ちになれない原因はそこにあるのかと妙に腑に落ちたのです。

 

③「弁解するな」

次は、これです。

 

が、時間となりましたので、続きは日を改めて。

 

では、また!