<古いことは頑健である。>
おはようございます!ちくわです。
読書・読書会・哲学カフェが好きです。
この何だかよくわからない人生に問い続け、その「わからなさ」を日々味わって楽しんでいきたいです。
今日は、この本の続きを書いていきたいと思います。。
前回の記事は、こちら。
◆感想つづき
前回は、「完璧な管理を目指すことのリスク」、「多く持つことの脆弱性」、「冗長性」について書いてきました。
今日は、まず、「古いことは頑健である」ということについて。
モノの頑健さは、それまでの経過年数に比例する。
40年前にできて今生きているものは、あと40年もつが、1年しかたっていないものは、1年しか持たないかもしれない。
これはなかなか、名言かと。
「一方ロシアは鉛筆を使用した」なんていう都市伝説みたいなものもありますが、古くからあるものを「古いから」といって軽視することに警鐘を鳴らしていて、
これだけでも、「乗り遅れちゃいけない!」と焦って、新しいものに飛びつくことを抑える理由にもなりそうです。
キッチングッズを思い出しましたが、ゆで卵スライサー、ピザカッター、カニをほじる棒など、ある特定の作業にとってはすごく便利だけど、それ以外には全く役に立たないというものに溢れていて、それがあったかどうかも忘れてしまうぐらい、。
結局、包丁やキッチンはさみがあれば代用できる、みたいな。
だから、「増やすこと」を考えるときは、「減らすこと」「買わないこと」を考える習慣も同時に持ち合わせないといけないなぁと思いました。
ある程度、時間が取捨選択してくれた上で、本当にそれは取って代わっていいかどうか、見極めてから動いても、全然遅くないですね。
そしてそういう考えは、「人力を軽視しすぎない」という次のポイントに繋がります。
仕事の歴史は、「省力化」の歴史でもあります。
とにかく、機械化できることは機械化し、人力を排除することでコストダウンを図ってきました。
しかし、機械化しすぎることで、反脆弱性を招くということも事実です。
飛行機のパイロットが自動運転に慣れすぎて危機対応ができなくなると、トラブル発生時に多くの人命が危険にさらされます。
コンビニ弁当やデザートの工場が、機械で詰めずに多くを人力で詰めているのは、臨機応変に対応でき小ロット生産に向いているからです。
「これも自動化」できる、という改善も大切ですが、一方では、「これは人力のほうがいいのでは?」という一見後ろ向きに見える改善も考えてみてもいいのではと思いました。
今日は短いですが、この辺で、続きは日を改めて書いていきたいと思います。
次ぐらいで終わるかと思います。
ありがとうございました。
では、また!